vol.16 Double Game

Double Game 1

 あれは、わたしたちが二年生に進級してすぐの、ちりそめの桜が綺麗な季節だった。

四年生になった被服科の小池さんが、ふらりとわたしたちのいる講義室にやって来て、みっこに声をかけてきた。


「森田さんお久し振り。わたしのこと覚えてる?」

「もちろん覚えています。お久し振りです、小池さん」

みっこは彼女を振り返り、ニッコリと微笑みながら挨拶した。

「今年も性懲りもなく誘いにきたわよ。秋の文化祭はわたしにとって、大学最後のファッションショーだし、ぜひあなたにモデル、引き受けてほしいのよ」

真剣な眼差しで、小池さんは再びみっこに懇願した。

去年、小池さんは、文化祭のファッションショーのモデルをみっこに固辞されて、ショーには作品を出さなかった。なのに、今年もこうやってみっこを誘いに来るなんて、よっぽど彼女にご執心なんだな。


「森田さん。あなた最近は、テレビのコマーシャルや雑誌の広告なんかに、出たりしてるんでしょ? 噂じゃ去年はモデルを休業してたっていうけど、もうそんなことないのよね」

「ええ。今はプロモデルとして、バリバリお仕事してますよ」

にこやかに答えるみっこに意表を突かれたのか、小池さんの口調がどもった。

「じ… じゃあ、わたしのモデル、どうかな? うちのショーはギャラとか出ないし… だから、プロでやってる人に頼むのは、ちょっと申し訳ないんだけど…」

「ええ。あたしでよければ」

「え?! ほんとに出てくれるの?」

「はい。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」

「ほんとにいいの?」

「あたし、小池さんの服はとても素敵だなって思ってましたし、それに去年、誘っていただいたとき、『来年は期待にそえるようにする』って、約束してましたから」

「ギャラとかは、払えないのよ」

「小池さんの服を着れるだけで、じゅうぶんですよ」

「へぇ…」

そう言ってうなずきながら、小池さんはみっこをマジマジと見つめた。

「森田さんって、思ったより律儀なのね。感激しちゃった」

「小池さんこそ、去年あんな失礼な断り方したにもかかわらず、今年もあたしを誘ってくださって、とっても嬉しいです」

「それはもういいのよ。よろしくね、森田さん。みんなが呼んでるみたいに、『みっこちゃん』でいいかな?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

そう答えて、みっこは微笑んだ。




 そうやって、小池さんのモデルをみっこが引き受けて、もう半年がたつ。

その間に、窓の外の西蘭女子大のキャンパスの木立は、ちりそめの桜から、若葉が萌える新緑。その緑も濃さを増していき、やがて、赤く色づいた落葉が舞い散る景色へと、衣替えしていった。


そう言えば若葉の頃は、川島君とみっこと三人で、由布院にバカンスに行く計画を立ててたな。

あの頃は、まだまだ無邪気だった。

みっこに対するコンプレックスは、出会った頃からあったけど、それは漠然としたもので、川島君をめぐる『ライバル』として、みっこを見たことなんて、なかった。

そう…

あのモルディブからの帰りの飛行機。


『あたし… 好きな人が、できちゃったみたい』


あのとき、みっこがそう告白してから、わたしたち三人の歯車は、微妙に狂いはじめてきたのかもしれない。


わたしは、みっこが好きになった人のことを、あれこれ勘ぐってしまい、川島君とみっこに対して、すっかり疑心暗鬼になってしまった。

もちろん、モルディブでの最後の夜に見たことから、みっこが好きな人は藤村さんだとは思うけど、川島君とのことも、なんだか心に引っかかる。

みっこは自分の恋を心の奥底に秘めたまま、それをわたしに悟られまいとしてか、恋の話になると、口をつぐむことが多くなった。

川島君にしても、東京から帰ってきてからは、デートをしていても、『心ここにあらず』っていうことが度々あって、なにを考えているかわからなくなるときがある。


ふたりとも、わたしには、なにも話してくれない。

それは、話さなきゃいけないようなことをしていないからか、それとも、わたしには言えない理由わけがあるからか。


その『理由』とは…

わたしには、ひとつしか思いつかない。

『川島祐二と森田美湖はつきあっている』からと…


もちろん、それはわたしの、単なる思い過ごしかもしれない。

わたしがふたりに対して、いろんな疑惑を持っているから、そういう風に見てしまうだけなのかもしれない。

だったら、ふたりとちゃんと向き合って、その疑惑を晴らせばいいんだろうけど、わたしにはそれができない。

もし、川島君とみっこが、本当に、いっしょにディズニーランドに行くくらい仲が良くなっているとしたら、わたしはふたりに、どういう態度をとっていいのか、わからない。

すべての事実が明らかになってしまうと、三人の関係はどう転ぶか、わからない。

だったら、川島君やみっこが秘密にしたいことは、わたしもあえて知らないでおいて、すませる方がいいのかもしれない。

ふたりに、今のわたしたちの関係を壊すつもりがないのなら、わたしも詮索しない方がいいのかもしれない。

でも…


わたしの妄想は、いつもそこをグルグルと回っている。

それはまるで、シュレディンガーの猫。

生きているのか死んでいるのか、わからない、宙ぶらりんの状態。

真実は、箱を開けて確かめるまで、謎のまま…



「さつき、なに、ぼうっとしてるの?」

みっこがそう言いながら、ポンと肩を叩いて、わたしはハッと我に返った。

そうだった。

今はドレスの仮縫い中だったんだ。


つづく

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