12月を忘れないで 2
わたしの知らない街で、わたしの知らない時間を、わたしの知らない人たちと過ごして、厳しい世界のなかでもまれ、一足先におとなになってしまった川島君が、なんだかちょっぴり他人に見える。
ふたり遠く離れていたせいで、きっとわたしのことも、以前より客観的に見れるようになったのかもしれない。
わたしより魅力的な女の子なんて、世の中にはたくさんいることを、東京で思い知ったのかもしれない。
『会えない時間が愛を育てる』なんていうけど、ほんとにわたしたちの愛は、育っているの?
わたしはまだ、学生で、そういう社会の厳しさも知らず、まだまだ子供のままで、川島君に置いていかれてしまってる。
この先、彼が先に卒業して、社会に出ても、今までみたいに、ふたりはちゃんとやっていけるの?
「…」
わたしは黙って、ただ、川島君の肩にもたれかかった。
そうやって寄り添っていないと、なんだか心もからだも離れてしまいそう。
川島君はそんなわたしの肩に手をまわし、からだを抱き寄せて、やさしいキスをひとつ、くれた。
「川島君」
「ん?」
「わたしのこと、好き?」
「当たり前だよ」
「そんな返事じゃなく、ちゃんと言って」
「好きだよ」
「いつから?」
「去年の秋、高校を卒業して、さつきちゃんと再会してから… いや。もっと前。
高校二年になって、さつきちゃんと同じクラスになってからかな」
「どうしてわたしを好きになったの?」
「さつきちゃんが、だれよりも可愛かったから」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあ、わたしのどこが好き?」
「前にも言ったよ」
「また言って」
「全部だよ」
「嫌いなところなんて、ほんとにないの?
「ないよ」
「わたし自身が、自分の嫌いなところ、たくさんあるのに?」
「それを引っくるめて、全部好きだよ」
「嬉しいけど… 嘘っぽい」
「ははは。今のところ、さつきちゃんは満点の彼女だよ」
「今のところ… かぁ」
「これからも、だよ」
「未来のことなんて、わからないじゃない」
「そりゃそうだけど」
「これからもずっと、川島君はわたしのこと、好きでいてくれるかなぁ?」
「当たり前だよ」
「よかった」
「今度は、『そんな返事じゃなく』なんて言わないんだな?」
「そうだった。ちゃんと言って」
「これからもさつきちゃんのこと、ずっと好きだよ」
「じゃあ、わたしたちが今からいろいろ約束しても、それはいつまでたっても、意味があることなのね」
「どういうこと?」
「恋人同士の約束って、なんか虚しいじゃない。別れてしまったら、その人と交わした約束なんて、ぜんぶなかったことになっちゃうでしょ」
「まあ… 確かに、な」
「だから… 例えば、『誕生日には毎年花束をあげる』って川島君が約束してくれたら、わたし、来年も再来年も、10年先も、ずっと花束をもらえるってことよね?」
「そうだよ」
「じゃあわたし、川島君といろいろ、約束したい」
「どんな約束?」
「わたしの誕生日には、毎年花束をちょうだい?」
「あはははは… いいよ。プレゼント以外にも、花束をあげるよ」
「それに11月18日は記念日だから、毎年お祝いしましょ?」
「なんの記念日?」
「忘れたの?」
「なわけないよ。ふたりでまた、もみの樹の下に座りたいね」
「ふふ。それもいいわね」
「でも、あそこは女子大の中だから、さつきちゃんが卒業したら、無理かな?」
「卒業しても,文化祭にはいっしょに行きたいな」
「そうだな」
「ねえ。川島君の誕生日には、なにがほしい?」
「そうだな。とりあえず… さつきちゃんがほしいかな」
「とりあえず?」
「メインディッシュとして」
「もう。エッチなんだから」
「ぼくはいつでも、さつきちゃんがほしいんだよ」
「ふふ。いいわよ。川島君の誕生日には、わたしをあげる」
「誕生日だけ?」
「いつでも」
「さつきちゃん」
「ん?」
「目を閉じて」
「…」
だれもいないなぎさで、川島君はわたしのおしゃべりな唇をふさいだ。
つづく
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