Rainy Resort 5
翌朝、わたしが目を醒すと、みっこはとなりのベッドにはいなかった。
着替えをすませ、顔を洗ってペンションの庭に出てみる。
ハーブがたくさん植えられた花壇の前で、みっこはオーナーさんと話をしていた。
わたしが出てくるのを見て、笑顔で手を振る。
「おはよう、さつき。夕べはよく眠れた?」
「おはようみっこ、もう起きてたのね」
「あたし、早起きなのよ」
真綿の黄色い毛玉のような、可愛いカモミールの花を、みっこは両手に抱えて言う。
「オーナーさんから頂いたのよ。食後にカモミールとレモングラスで、ハーブティを入れて下さるんだって」
「昨日はわたしたちも楽しませてもらったから、そのお礼ですよ」
「ありがとうございます。あたしこそ、いい思い出ができました」
朝の光のような爽やかな微笑みを浮かべて、みっこはオーナーさんにお礼を言う。
「そう言って頂けて、わたしたちも嬉しいですよ」
オーナーさんは愛想よく笑う。向こうの花壇から、ハーブをいっぱい摘んで戻ってきた奥さんらしい人も、みっこに微笑んで言った。
「森田さんのピアノを聴いて、『わたしももっと練習しなきゃ』って思いましたよ。またぜひ泊まりにいらして、ピアノを聴かせて下さいね」
「ありがとうございます。奥さんのチェロもとっても素敵で、オーナーさんとの息もぴったりで、楽しかったです」
花が咲くようなみっこの笑顔につられるように、オーナーご夫婦もにっこり微笑む。
みっこってほんとに、人の心を掴むのが上手…
快晴だった昨日と違って、今日はどんよりと雲の多い、すっきりしないお天気で、九重連山もその頂きは、低くたれ込めた雲に覆われていた。
朝食が終わって、摘みたての爽やかなハーブティをサービスして頂いたあと、わたしたちはペンションのテニスコートに出た。
コートには昨夜泊まっていたカップルが、一足先に出ていて、プレイしている。
「わたしテニスなんて、川島君とつきあいはじめてから、はじめてやったのよ。みっこはできる?」
「ん。ちょっとくらいならね」
「ほんとにちょっと? みっこって、たいていのことはこなしちゃうから」
「そんなことないわよ」
淡いラベンダー色のショートパンツに、ウイグル綿のポロシャツを合わせたテニスルックのみっこは、髪をツーテールに結び、コート脇のベンチで、ラケットの編み目を丁寧につくろいながら答える。その仕草がなんだかサマになっていて、経験者のように感じる。
先にコートに出ていた川島君がラケットを振って、わたしたちを促す。
「乱打しよう」
わたしとみっこは同じサイドのコートに入り、川島君はネットをはさんで、わたしたちに向かった。
テニスは趣味で時々やっている川島君は、なかなか上手で、わたしたちを相手に、交互にボールを返していった。
「さつきちゃ~ん、もうちょっといい球返してよ。ぼくはふたりも相手してるんだからね!」
「しかたないじゃない。ヘタなんだもん」
わたしの返球があちこちに反れるのを追いかけながら、川島君は笑いながら言うけど、自分の未熟さを指摘されるのは、あまり気分のいいものじゃない。
ちょっとむくれながら、わたしはチラリととなりのみっこを見た。
予感したとおり、みっこはテニスの腕も、なかなかのもの。
小気味いいフットワークで、素早く球に追いついて、腕の伸びた綺麗なフォームで、ラケットを振り抜き、川島君の足元に正確にリターンしている。
コートを駆け回る長い脚が、躍動感があって、健康的なお色気を発散している。
『わたしは今、みっこと較べられているんだ』
ラケットを握りながら、わたしは漠然とそう感じていた。
短足のドタ足で、バタバタとコートの中を走るわたしを見て、川島君はどう思っているだろう?
どうひいき目に見たって、みっこの方がカッコいいし、魅かれるに決まっている。
実際、となりのコートでプレイしていたカップルの男性は、さっきからずっとみっこのプレイを、横目で追っている。そのうち彼女がそれに気づいて、彼氏にペシッと平手打ちを食わせて、ケンカになってしまった。
自分の彼女を放ったらかしてまで、見つめてしまうくらい、みっこって魅力があるんだ。
とたんに気分が萎えて、わたしは走るのをやめた。
「どうしたんだい? さつきちゃん」
そばで跳ねたボールを見送ったわたしを見て、川島君は訝しげに訊ねる。
「うん… ちょっと、疲れちゃって… わたし、少し休んでいい?」
そう言ってわたしはコートを出て、ベンチに座った。川島君は一瞬、『どうしようか』という顔をしたが、すぐにみっこを見て言った。
「じゃあ、みっこちゃん。試合しようか? ワンセット・マッチ」
「いいけど…」
そう答えながら、みっこはわたしをチラッと振り返る。
この子はけっこう律儀なところがあるから、わたしを放ったらかして、自分が川島君と楽しむのは、気が引けているのかもしれない。
ほんとはわたしも、川島君とみっこが楽しそうにテニスをするのを見るのは、あまりいい気はしないけど、今回の旅行はみっこのためなので、わがままばかりも言ってられない。
「わかった。じゃ、わたし審判するね!」
努めて明るく振る舞い、わたしはジャッジ台に上がった。
みっこと川島君は実力が伯仲していて、なかなかいい試合を展開した。
パワーはもちろん川島君の方が上だけど、みっこは正確なストロークをコーナーに散らして、川島君をさんざん走らせ、ミスを誘う。試合は6-4で、かろうじて川島君が勝った。
「いやぁ。みっこちゃんはうまいよ。もうこっちは走らされてクタクタ。汗びっしょりだよ」
「川島君こそ、やっぱり男の人ね。サーブなんか速くて、とても手が出なかったわ」
コートをはさんでふたりは握手し、ベンチに戻ってタオルで汗を拭った。
つづく
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