CANARY ENSIS 3
『ひとつの島を一周するのに1時間もかからない小さな島々が、1200以上集まってできたモルディブ諸島は、『インド洋の首飾り』と呼ばれ、それぞれの島が『首都の島』『空港の島』『リゾートの島』という風に、役割を分担している。基本的にひとつの島にホテルはひとつで、島々の移動にはドニーと呼ばれる木製の船や高速艇、水上機が使われている』
これはみっこからもらった、ガイドブックの受け売り。
わたしたち一行は、『空港島』から水上機で南に30分ほど飛んだ、アルディア化粧品のプライベートホテルのある、リーフに囲まれた小さな島に滞在し、ここで撮影もすることになっている。
フロートのついた飛行機に乗って、真っ青なインクをこぼしたような、綺麗な青のグラデーションを滲ませる珊瑚礁の島々を見おろしているうちに、やがて夏のカレンダーに出てくるみたいな、水際まで白い砂と椰子の樹が生い茂った、可愛らしい島が見えてきた。飛行機はアクアマリンの
この島も西蘭女子大の敷地くらいの大きさしかなくて、桟橋の先には真っ白でしゃれた、2階建てのリゾートホテルがひとつ。その横にはプールとテニスコートといった施設が並んでいて、向こうの岬には水上コテージが何棟か並んでいる。
それ以外は、ただ、真っ白な足跡ひとつない砂浜と、南国特有のギザギザな葉っぱを繁らせた、小さな森。そして、インド洋の荒波が砕けている、沖のリーフだけだった。
そんな眺めはシンプルで、鮮やかで強烈。
まさに、化粧品のCMに出てくるような景色だった。
「さつき。泳ぎに行こ!」
ホテルのロビーに入ったみっこは、自分のバッグをポンとフロントのカウンターに置くと、チェックインもすまさないうちに、水着とタオルだけを取り出して、『早く早く!』と、わたしをせかす。
「みっこ、不用心じゃない。荷物を部屋に持っていってからじゃないと」
「大丈夫よ。このホテルはアルディア化粧品の保養所だから、あたしたちの他には宿泊客はだれもいないし。だいたいモルディブのリゾートって、ひとつの島にひとつのホテルだから、わりと安全なのよ」
「へえ~。そうなんだ」
「さすがバブル。日本企業はこんな南の島にまで、リゾートホテル建ててるんだな」
川島くんも荷物の中からさっそくカメラを取り出し、感心するように言う。
「そういうこと。遊べるのは今日だけだもの。部屋にこもってるなんて、もったいないわよ。川島くんも、カメラなんて放っといて、いっしょに泳ぎましょ」
「え? ぼくも泳ぐの?」
「あたりまえじゃない。文哉さんも、星川センセも、みんなで遊びましょうよ!」
そう言いながら、みっこは子どものようにはしゃぐ。
こんな風に、彼女が可愛くわがままを言ってじゃれているのって、今まで見たことがなかったな。
これがほんとの森田美湖みたいで、去年までのギャップを考えると、なんだかホッとした気持ちになってくる。
「まったく。遊びにきたんじゃないのよ、みっこちゃん」
『まいったわ』と言ったゼスチュアをして、星川先生はみっこをたしなめたけど、眼鏡の奥の瞳は笑っている。この先生も藤村さんのように、みっこのわがままが可愛いんだ。
「まあまあ、明日からは遊ぶ暇もないくらい、ハードスケジュールになるからね。先に行っといでよ、みっこちゃん。ぼくたちでチェックインをすませて、あとから行くから」
藤村さんは笑いながら言うと、フロントで手続きをはじめた。
「じゃあお願いするわ。早く来てね。ビーチで待ってるから」
そう言い残すと、みっこはわたしと川島君の腕をとり、ホテルの中庭を横切って、ビーチに出た。
「うわっ!」
砂浜に立つと、太陽の光がなににも遮られずに降り注いでくる。珊瑚のかけらでできた真っ白な砂粒も日射しを照り返してきて、よけいにまぶしい。
ガイドブックと同じ景色が、フレームに入りきらない大きさで、わたしたちの目の前に広がっている。
わたし、本当にモルディブの海にいるんだ!
「このシャワー室で着替えるのよ」
青空の見える、つい立てで区切っただけの簡単なシャワー室に入ると、みっこはためらいもなく服を脱ぎ捨てた。
「うわ。みっこダイターン!」
わたしはタオルをからだに巻きながら、みっこの水着を見て、思わず声を上げた。
去年の夏にいっしょに海に行ったときは、ワンピースの水着だったけど、今日は白のビキニ。
きわどいハイレッグが脚の長さを強調していて、すごくスタイルがよく見える。
「なんか、すごい露出度ね」
「ふふ。ここにはつまらないナンパもサーファーもいないから、どんなカッコもできちゃうわ。この辺のリゾートじゃ、トップレスだってふつうだし」
「ええっ! それはちょっとまずいんじゃない?」
「どうして?」
「だって…」
わたしはふと、川島君のことを考えた。
う~ん。
みっこの胸を川島君が見るのなんて…
やっぱりイヤかも。
そんなわたしの気持ちを察したように、みっこは『ふ~ん』と笑う。
「さつきもいっしょにトップレスにする? 気持ちいいわよ」
「ええ~っ。やだ!」
「なんなのよさつきったら。そんなタオルにくるまってモチャモチャ着替えるなんて、カッコ悪~い。パァーッと脱ぎなさいよ」
笑いながらそう言って、みっこはわたしのタオルを引っ張った。
「わ、わかったわよみっこ。そんな、はがさないで」
しかたなくわたしも、タオルをとって着替える。
あまり好きじゃないんだ。自分のはだかを人に見られるのって。特にみっこには…
わたしはやっぱり彼女に、容姿コンプレックスを持ってるから。
「あ~。さつき、ずるい!」
「え? な、なにが?」
「胸、大っきい。どうしたらそんなに育つの?」
「そ、そんな、なにもしてないよ」
わたしは慌てて否定する。
「いいな~さつきの胸。見てよ、わたしなんて、こんなに小さいのよ」
そう言いながらみっこは、小振りだけど、乳首がつんと上を向いて形のいい胸を、わたしの方に向ける。なんだか、友だちの胸をまじまじ見るのって、恥ずかしいなぁ。
「あ~あ。モデルの友だちなんて持つもんじゃないな~。人にはだかを見せることなんて、なんとも思ってないんだもん」
「失礼ね。あたしのからだは『はだか』じゃなくて、『アート』なのよ。全世界がこのアートにひれ伏すんだから」
「うわっ。すっごい自信」
「冗談に決まってるじゃない」
『クスクス』
そのとき、薄いつい立ての向こうから、川島君の抑えた笑い声が漏れてきた。
ううっ。もしかして?
わたしたちのおバカな会話が丸聞こえだったんだわ。
わたしとみっこは顔を見合わせた。
「は… 早く着替えよ、みっこ」
「そ、そうね」
なんだか顔から火が出るほど、恥ずかしくなってしまった。
つづく
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