Invitation 8

「そうだったわ。さつきからのもうひとつのプレゼントも、開けていい?」

思い出したようにみっこはワイングラスをテーブルに置き、わたしの贈ったピンクの小箱を取り出した。

ドキドキ。

正直言ってわたし、みっこにはどんなものが喜んでもらえるか、よくわからない。でも、なんでも着こなしてしまう彼女だから、思い切って派手な小物を選んでみたんだ。

「わぁ~、可愛い!」

みっこに負けないくらいに鮮やかで、少しクラシカルなビビッドピンクの、レースのバンダナ。

「ビビッドピンクって、春の色ね。とっても綺麗! ありがとう、さつき」

みっこはバンダナを頬に当てて、微笑んだ。よかった。

「バンダナっていろいろ応用がきくから、便利なの。ヘア・リボン代わりにでもしてみようかな」

そう言いながらみっこは、ポニーテールにしていた髪をさっとおろし、手慣れた調子でバンダナをくるくるっと髪に巻きつけると、頭の上でリボンのように広げてみた。

「どう?」

「わ~! そのラフ感がいいわ」

大雑把に掻きあげて結んだ髪は、空気をいっぱい含んで、ふわふわと頭の上で揺れていて、襟足の後れ毛がとってもフェミニン。

彼女は手鏡を取り出すと、ニッコリ微笑んでウィンクしたり、斜めに顔を向けて澄まし顔。首を振って口をすぼめ、小悪魔のように肩をすくめてみたりと、楽しんでいる。

この子、こんなにもいろんな表情があるんだな。わたしは早く、彼女がモデルとして活躍している姿を見てみたい。


「あたし、なんだか踊りたくなっちゃったな~」

彼女はそう言うと立ち上がり、つま先でくるりとフルターンをした。

「うん。踊ってみせてよ。みっこのバレエしてるとことか、見てみたいわ」

彼女のノリにつられて、わたしも立ち上がって言った。

「ふふん♪ ふん♪」

鼻歌を歌いながら、みっこはわたしの手を取り、その手を高く掲げて、わたしをくるりと回す。

「こうなったら本格的にやりたくなったわ。いい?」

「もちろん、いいわよ」

わたしの返事を聞くより先に、みっこはクロゼットからレオタードとバレエシューズとレッグウォーマーを取り出し、ぱぱっと着替えて、外着にニットのロングセーターをかぶった。

「1階のスタジオ、今の時間なら空いてるの。そこで踊りましょ」

そう言ってわたしの腕をとり、みっこは部屋を出るとエレベーターに駆けこむ。

彼女のテンポの速さには、ついていけなくなるときもあるけど、今はその流れが心地よかった。


 南向きのスタジオは、広いフローリング仕上げ。

壁に取りつけられた大きな鏡と、二本のレッスンバー、オーディオセットしかない明るい部屋に、冬の太陽が白い陽だまりを作っている。

みっこはロングセーターを脱いでオーディオのスイッチを入れ、プレーヤーのトレイを開いてCDをセットしながら、背中越しにわたしに言った。


「昨夜、さつきね。ドレッシングルームで泣いてたあたしに、声かけないで見守ってくれてたでしょ?」

「えっ?! みっこ気づいてたの?」

「ん…」

そう言って、みっこはわたしを振り返って見つめた。

「あのとき、あたし。あなたのことを、本当に『親友だ』って思えたの」

「え?」

みっこはまっすぐにわたしの瞳を見つめる。逆光がまぶしい。

「慰めも同情もほしくなかった。一生ひとりで生きられるって、思ってた。

あたし… 今まで親友なんていなかったから、だれにも弱みをさらしたくなかったし、弱い自分を見られるのは、付け入る隙を与えるみたいで、とってもイヤだった。

でも、自分の悩みとか苦しみを打ち明けて、いっしょに分かち合ってくれる人がいるって、いいものね。

あたし。西蘭女子大に来て… あなたに会えて… 本当によかった」


みっこの瞳。わずかに潤んでいるように見える。


わたし…

そんな風に言われると…

なんて答えていいか、わからないじゃない。


ただね、みっこ。

わたしはずっと前から…

みっこに対して、そんな風に思ってたよ。


「みっこ…」


わたしの言葉を遮るように、曲のイントロが大きなスピーカーを揺さぶって、高らかに鳴りはじめた。

ああ… 懐かしい。

ABBAの『Dancing Queen』。



    You are the Dancing Queen

    young and sweet only seventeen

    Dancing Queen

    feel the beet from the tambourine

    you can dance, you can jive

    having the time of your life

    see that girl, watch that scene

    dig in the Dancing Queen



透けるように綺麗なカルテットのヴォーカルに乗って、みっこが冬の陽だまりの中に舞う。

彼女の脚先が、宙空に綺麗な軌跡を描いてゆく。

ふんわりと広がった髪が逆光を受けて、金色の糸のように、キラキラと輝く。


冬の柔らかな日射しの中で、みっこはいつまでもまわり続けた。


END


22th Apr. 2011 初稿

10th Nov.2017改稿

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