Love Affair 6
affair5
その次に川島君に会うのは、日曜日のサークルの集まりの予定だった。
駅前のマックに向かう足が、自然と速くなる。
今日の集会が終わったら、わたしの方から川島君を誘って、どこかの喫茶店でアフターでもして、気持ちを告げよう。
そう決心したわたしは、お気に入りの服に袖を通し、メイクも念入りにして、早めに家を出た。
店に着くと、高ぶる気持ちを落ち着かせるために、ホットココアを注文し、窓辺のカウンターに腰をおろして、外の景色を眺めながら、みんなが来るのを待っていた。
最初にやって来たメンバーは、意外にも
わたしと目が合った彼女は、前回と同じように『おや?』という不思議そうな顔をして、わたしのつま先から頭のてっぺんまでしげしげと眺めたあと、となりに座った。
今日の彼女は、胸元の開いたピンクとギンガムチェックのカットソーを重ね着し、フレアたっぷりのミニスカートにオーバーニーソックスと、こないだ見た制服姿よりも、さらに可愛い格好。
だけど、カットソーの胸元からチラリとのぞくふくらみや、ミニスカートとソックスの間にできた素脚の領域が、女のわたしから見ても、色っぽくてドギマギしてしまう。やっぱり可愛い子だなぁ。
「先輩。川島先輩のこと、どう思います?」
並んで外の景色を眺めながら、黙ってジュースを飲んでいた蘭さんは、わたしの顔も見ず、いきなり尋ねてきた。
「え?」
「川島先輩。優しいし、頭いいし、才能も行動力もあるし、ルックスもいいじゃないですか。先輩は、どう思います?」
「わ、わたしは、別に、ただの友達だし…」
不意を突かれた質問に、思わず答えをはぐらかしてしまう。
「へぇ~。そうなんですか。わたしてっきり、先輩は川島先輩のこと、好きなんだと思ってました」
「えっ。そ、そんなことないけど…」
「じゃあ、わたしが川島先輩のこと、好きでもいいですよね」
「ええっ?」
今日のわたしのシナリオになかった、意外な展開。
「でも川島君と蘭さんって、ただのカメラマンとモデルなんでしょ?」
「わたし、それで終わらせる気、ないんです」
「…」
この子、どうしてわたしに、こんなストレートなこと言うのかしら?
椅子から浮いた脚をぷらぷら揺らし、蘭さんは手持ち無沙汰にストローを噛みながら、続けた。
「だいたい、好きじゃないと、モデルになんか誘えないんじゃないですか?」
「そ、そう?」
「『ぼくのモデルになってほしい』って、川島先輩は熱心に誘ってきたんですよ。
先輩は『モデルとして割り切ってる』なんて言って誤摩化してるけど、恋愛感情がないと、あんなに素敵な写真を撮るのって、無理だと思うんです。弥生先輩もそう思いませんか?」
「えっ? ええ。そうね…」
「川島先輩、わたしのことが、絶対好きなんですよ。
でも照れ屋さんだから、『割り切ってる』なんて言って、誤魔化そうとしてるんですよ。やっぱりわたしの方から、背中、押してあげなきゃいけないんですかね~」
そう言って彼女はわたしの顔を見て、意味深に微笑んだ。
…すごい自信。
確かに蘭さんって可愛くって魅力的だけど、そこまで言い切れるのはすごい。
彼女の言葉は説得力があるような気がして、わたしの決心はグラついてしまった。
「協力してくれません?」
唐突に蘭さんは言った。
「き、協力?」
「わたし、告白しようと思ってるんです」
「えっ?!」
「弥生先輩にもそれ、手伝ってほしいんです。弥生先輩と川島先輩、仲いいし、先輩の応援があれば、うまくいくと思うんですよ」
「え? そんなことないと思うけど」
「ダメですか?」
「い、いや。ダメってわけじゃないけど…」
「じゃあ、お願いできるんですね」
有無を言わさないような蘭さんの言葉に、わたしの意志とはまったく違う方向に、話が流れていってる。
そんなところに、悠姫ミノルさんと川島君がやってきた。
「じゃあ、先輩。よろしくお願いします」
そう言い残して、蘭さんはふたりの側に駆け寄った。
そのあとすぐみんなが揃って、蘭さんとその話をする機会はなくなってしまった。
集会が始まって同人誌の話をしている時も、わたしは川島君と蘭さんから目が離せなかった。
蘭さんは川島君のとなりに座って、コロコロと笑っている。
川島君の冗談に「やだ、先輩」などと言いながら、ポンと肩をたたいたり、必要以上に顔を近づけたりと、すごいアピールっぷり。
川島君も、ふとした仕草ではだけてしまう蘭さんの胸元に、視線がいっている時もある。
蘭さんってしたたか。
計算ずくでそんな仕草をしているんだろうか。
そういえば高校の頃、蘭さんは『クラスの女子からはあまり好かれてない』って噂だったけど、それもわかる気がするなぁ。こういう異性と同性で態度が違うタイプって、わたしも苦手。
それにしても、やっと告白の決心がついた日に限って、こんなことになるなんて。
恋の神様は意地が悪い。
結局、今日の集会では、川島君とろくに話をする機会もなく、蘭さんにねだられるまま、解散のあと川島君は、彼女といっしょに帰ってしまった。
affair6
今日は川島君と、一世一代の勝負に出るはずだった。
だから服も、お気に入りのものを着てきたし、メイクだって気合いを入れていたのに…
肩すかしをくらったみたいで、わたしは私鉄の駅のホームで、気が抜けたように帰りの電車を待っていた。
「さつきさんも、帰りはこっち?」
不意に声がして、わたしは振り向いた。この綺麗な甘い声色は、志摩みさとさん。
「あ。志摩さんもこちらですか?」
人なつっこい笑顔で、彼女はわたしに歩み寄って言った。
「やあね。『みさと』でいいわよ。本名は沢水絵里香って言うんだけどね」
「沢水さん」
「絵里香でいいわよ」
その時電車がやってきたので、わたしと絵里香さん… やっぱりまだペンネームの方が馴染みがあるから、『みさとさん』って呼ばせてもらおう。
わたしとみさとさんは電車に乗り、ロングシートの座席に並んで座った。
先週の集会で、川島君と並んでいるところを見て思ったけど、この人やっぱり、他人(《ひと》との間合いが近いのかもしれない。
ふとした拍子にわたしの方を見るときでも、こちらが思ってる以上に顔やからだを寄せてくる。
「み、みさとさんって、なんだか距離が近いですね」
こんな綺麗な顔が近くにあるなんて。ドギマギしながらわたしは言った。
「え? そう? あたし目が悪いから。ついだれにでも顔、近づけちゃうのよね」
「だれにでも?」
「そうなの。別に意識してやってるんじゃないけど、男の人にもつい、こうやって近づいちゃうから、誤解されることもあるみたい」
「そうですよね。ちょっとドキドキしますもん。女のわたしでさえ」
「ふふ。可愛い女の子にくっつくのは好きだけどね。さつきちゃんってふんわりしてて、ぎゅって抱きしめてみたくなるもん」
「ええっ。ま、まあ、いいですけど。みさとさんなら」
「あは。嬉しい」
とろけるような甘い笑顔になって、みさとさんはわたしの腕に自分の腕を絡めてきた。
腕に当たる胸のふくらみが心地いい。ふんわりと漂うシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
みさとさんみたいな天然で小悪魔な女の子なら、こうやってくっつかれても、悪い気はしない。
まあ、男女見境なくやってしまうと、それこそ誤解されて、恋愛トラブルに巻き込まれてしまうだろうけど。
そうやってしばらくは、同人誌やお互いの学校のことなどを話していたが、みさとさんはふと、真顔になって漏らした。
「このサークル、大丈夫かなぁ」
「え? どうしてですか?」
「今日のえみちゃん、なんだか川島君にすごいモーションかけてたじゃない」
みさとさんも、わたしと同じ風に感じてたんだ。
彼女は続けた。
「あんまりサークル活動に恋愛とかを持ち込んでほしくないのよね。色恋沙汰でサークル崩壊、なんてことになりかねないじゃない?」
「そうですね。恋みたいな私情が絡むと、ふつうじゃいられなくなりますからね~」
「ふふ。さつきさんも、川島君が好きなの?」
みさとさんはそう言って、軽くウインクする。
「え、えっ? どうしてです?」
「だってあなた、集会の間じゅう、川島君とえみちゃんのこと見てたじゃない。やきもきしたような目で」
「…あの、えっと」
「いいわよ。川島君けっこういい男だし、高校時代の同級生だったあなたが好きだったとしても、別におかしくないしね。あ。でも、えみちゃんもいるし。複雑よね」
う…
すっかり見透かされてる。
わたしは真っ赤になってうつむいた。
蘭さんにも、川島君のことを好きだと疑われていたし、自分の気持ちは、完璧に隠していたつもりだったのに、回りからはもう、バレバレなのかなぁ。
「えみちゃんってトラブルメーカーだから、この先もサークルの中を引っ掻き回すような気がするの。可愛い子なんだけどねぇ」
「みさとさんは川島君のこと、どう思ってるんですか?」
「あたし? あたしは、まぁ… 好き。かな」
「好きなんですか?」
「あ。ちょっと意味合い、違うかなぁ。
あたしの場合、恋愛感情っていうよりは、サークルの仲間として好きなの」
「友達として好き、ってことですか?」
「そうね。同じ専門学校の同級生だしね。昼休みとかいっしょにごはん食べに喫茶店行ったりするし、休みの日にふたりで美術館に行ったこともあるし」
「それって、デートなんじゃないですか?」
「え~? そう見えるのかなぁ。でも、そんなつもりじゃないのよ。
川島君とは気が合うし、なんでも気軽に話せるけど、友達以上になりたいとかは思わないのよ。だからあたしのことは、心配しなくていいわよ」
「そん… 心配だなんて」
「ぶっちゃけ、川島君にはえみちゃんより、さつきさんの方がお似合いだと思うのよ。だから応援してるわ。手伝えることがあったら協力するわよ」
「あ、ありがとうございます」
「やぁね。敬語やめてよ。同い年なんだし」
そう言ってみさとさんは微笑む。ん~、いい人だな。
「あたし次の駅で降りるけど、さつきさんは?」
「わたしはそのふたつ先」
「そう… ね。もし時間あるなら、どこかでお茶しない? もっとさつきさんと話してみたいな。小説の話とかもね」
「いいですね」
意気投合したわたしたちは、次の駅で降りて、みさとさんのお気に入りの喫茶店で長い時間、同人誌や小説の話とか、学校の話とか、お互いの恋の話なんかまでしゃべっていた。
みさとさんは、表面的にはふんわりしていて頼りない感じだけど、中身は案外しっかりしていて、わたしの話も親身になって聞いてくれる。
専門学校でのこともあれこれ話してくれて、知らない川島君の一面も暴露してくれて、それはとっても新鮮。
今日は蘭さんの件で落ち込んでしまったけど、みさとさんという新しい友達ができたおかげで、気持ちも少しは上向いてきた。
つづく
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