Love Affair 5
「恋と愛って、
恋は相手を独占して束縛したがる感情だけど、愛は受容して、見返りを求めない。
すごい矛盾してると思わないか?」
「確かに、まったく相容れない感情かも」
「だろ。縛りつけて自分のものにしたいくらい欲している相手に、自由にしたいことをさせてやりたくなるなんて、葛藤しか生まないじゃないか。
その葛藤を乗り切るのって、すごいエネルギーがいると思うんだ」
「エネルギー、か…」
「神様は試しているのかもしれない。
そんな葛藤を乗り越えなきゃならないのは、いってみれば魂の自然淘汰なのかも。
心の弱い奴は生き残れない。子孫を残せない。
ぼくはそこを乗り越えて、いちばん愛する人と初体験したいって思ってる。それが最高の喜びで、進化の神様が仕込んだ、恋愛の報酬なのかもしれないな」
「ふうん。思春期の男子って、『木の節穴にも入れたい年頃』なんていうけど、川島君ってすごい理論的で冷静に見てるんだ」
「いや。葛藤に揺さぶられて翻弄されてるから、恋愛ってヤツの本質を知りたいだけだよ。
だけどさつきちゃんも、『木の節穴にも入れたい年頃』って、ずいぶん下品な言葉知ってるなぁ。さすが小説家志望」
「ごっ、ごめんなさい。わたし、調子に乗っちゃって」
「いいよいいよ。さつきちゃんももう、恋愛小説通り越して、ポルノ小説書けるんじゃないか?」
「んもぅ。川島君ったら」
『恋と愛は、相反する感情』か…
理屈っぽいけど、わたしには彼の言葉が、素直に心に溶け込んでくる。
「そうよね。
川島君の言うように、好きな人には、その人が願うことを自由にしてほしいけど、でも、自分だけを見ててほしいって思う気持ちも強いよね。
矛盾する感情をいっぺんに抱え込んで、苦しくて心が引き裂かれそうになる。
『どんなに理性的な人でも、ひとたび恋に落ちれば、痴態を晒す』っていうし」
そう言いながらわたしの心の中に、好きな写真に没頭する川島君と、それを応援しながらも、
だからかな?
つい、そんなことを訊いてしまった。
「川島君は、蘭さんを撮るのが好きなの?」
「ああ。えみちゃんは魅力的な女の子だよ」
「それって、『好き』って感情に繋がらないの?」
「そりゃ、好きだから撮るわけだけど… あくまで被写体としてだよ」
「…そう、なんだ」
あの冬の日の放課後。
蘭さんが見せた瞳は、川島君を想っているものに感じられた。
蘭さんのことを『モデルとして』魅力を感じているというのは、頭じゃ納得できても、自分の中の女の部分が、それに対してやっぱり不安を抱いて、つまらない未来予想をしてしまう。今は恋愛感情を抱いてないとしても、もし彼女からアプローチされれば、川島君も蘭さんを好きになるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
だけど、川島君には幸せになってもらいたい。
「恋って面倒で辛いけど、それでも人を好きになるのね」
そんな言葉が、つい、わたしの口からもれた。
川島君になら、なんでも安心して話せてしまう。彼はなにか考えている様子だったが、少し間を置いて、訊いてきた。
「さつきちゃんは今、好きな人いるの?」
「え、わたし?」
とたんに頬が熱くなり、心臓の鼓動が速くなってくる。
好きな人から直接、そんなこと聞かれるなんて。
「わたし、そりゃ、いるけど…」
「…いるんだ」
「でも、やっぱり、自分が傷つくのが怖いのかなぁ。『見てるだけでいい』とか、『友達のままでいい』とか、つい受け身になってしまうの」
『友達のままでいいっていうのは、さつきの臆病のいいわけだと思う』
そんなみっこの言葉を思い出す。
「友達からも指摘されたんだけど、傷つくのを怖がっているうちは、本当の恋はできないのかもしれない」
「…そうだな。失恋は人生最大の危機っていうし。でも、傷つくことを恐れずに先に進むって、すごく勇気のいることだな」
そう言った川島君を、わたしは思わず見つめた。
彼もわたしを見ている。
じっとわたしを見つめる瞳。
そらせない。
その瞳の中に、吸い込まれてしまいそうな錯覚さえおぼえる。
それは、すべてを許してくれそうな、優しさをたたえていた。
わたし、今が勇気を出すときなの?
川島君の心の扉は、今、わたしに向かって開かれている気がする。
そのなかに、まっすぐ飛び込んでいきたい。
「か、川島君こそ、好きな人。いるの?」
わたしは訊いた。
語尾が震える。
手にしている紅茶の冷めたカップが、かすかにカチカチと鳴って波紋を作っている。
「ぼく? それは…」
川島君の瞳に一瞬、
しまった!
こんなこと、訊くんじゃなかった。
わたしの幻想は、またたく間に崩れていく。
『心の扉が開かれている』なんて、ただのわたしの思い込み…
『川島君になら、なんでも安心して話せそう』なんてのはただの錯覚で、ふたりの間にはやっぱり、越えられない壁がある。
もしかして川島君は、わたしが彼を好きなのをもう気づいていて、でもその気持ちに応えられないから、どう返事しようかと迷っているのかもしれない。
「あ。無理に言わなくていいの。でも頑張ってね。わたし応援してるから」
川島君の返事も待たず、わたしは明るく軽く、その場を取り繕った。
「…はは。ありがとう。じゃあ、頑張ってみようかな」
そういって、川島君は
………眠れない。
さっきまでのいろんな会話が、頭の中を何度もぐるぐるかけ回っては、スパークしている。
川島君にさらに近づけたのはいいんだけど、わたしのキャパをオーバーフローしちゃったみたいで、溢れだした彼に関する情報が渦を巻いて、わたしを
もう夜中の12時を過ぎているというのに、みっこはわたしの話を真剣に聞いてくれた。
「さつきって、ドジよね~」
「え? なにが?」
「その流れだったら絶対、あなたに告白しようとしたのよ。なんで引いちゃったのよ。せっかく大チャンスだったのに」
「そ、そんな…」
「チャンスの女神は前髪しかないのよ。次こそは絶対掴んでよね」
彼女と話していると、勇気がわいてくる。
『次の機会に川島君に自分の思いを告げる』っていう結論が出た頃には、時計の針はもう2時を回っていた。
つづく
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