Tea Time 2
時系列に沿って、わたしはみっこに川島君のことを、詳しく話した。
九州文化センターの小説講座から、再会した本屋。ふたりで行った『紅茶貴族』。別れ際の『さつきちゃん』のひとこと。
先々週や先週の講座のあとにも、ふたりで『紅茶貴族』に寄っていろいろ話して、最後に、来週の日曜日、川島君が立ち上げたサークルのミーティングに参加することをつけ足した。
「ふうん。じゃあ、かなり進んでるんじゃない」
「そんなことないわ。『会う』っていっても、サークルの仲間っていうか、趣味のつながりだけで会ってるだけだもの」
『ふう』と、大きなため息が漏れる。
「わたしって、欲張り」
「どうして?」
「初めてあの人と『紅茶貴族』に行ったときは、もうこれ以上ないってくらい幸せだったのに、二回三回って会ってるうちに、今じゃそれ以上のことを求めてる。そんなのわがまま… よね」
「恋愛したいんでしょ? さつきは川島君と。だったら当然の気持ちじゃない?」
「恋愛、したい…」
言葉って不思議。
声にしたとたん、実現するような気がする。
でもそれは、叶わない望み。
「ダメ」
「どうして?」
「川島君。つきあってる人、いるもん」
「そうなの?」
「下級生の可愛い女の子。高校の頃からつきあってるみたいなの」
こんな話をするのは辛い。
当時の情景とか感情とかがリピートしてきちゃって、何度も失恋を繰り返す気分。
「どういうこと? よかったら、話してみて」
みっこが訊いてくる。その口調はびっくりするくらい優しくて、頼りたくなるものだった。
川島君との出会いと、高校時代のエピソード、そして、雪の降る放課後のあのできごとまで、全部話し終わる頃には紅茶はすっかり冷めてしまってて、わたしたちは新しいドリンクをオーダーした。
共感する様に、みっこはわたしの話をうなづきながら聞いてくれた。
「それで川島君、その『恵美ちゃん』って子と、ほんとにつきあってるの?」
「つきあってる… と思う」
「ん~… なんだか状況証拠ばかりで、決定的なものがないのよね」
「そう?」
「恋愛したいのなら、ただ待ってるだけじゃなく、川島君に直接確かめてみるべきよ。そして自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃ」
「簡単に言うけど、それができるなら、こんなに悩まないわよぉ。それに…」
「それに?」
「わたし、友達のままでもいいと思ってるんだ。たまにお茶飲んだり、趣味の話をしたり、これから同人誌活動をやっていくのなら、もっといっしょにいられるかもしれないし」
みっこはわたしの言葉に、じっと耳を傾けている。
「わたしが『好き』って言ってしまうと、よくも悪くも、今のふたりの関係を壊してしまうことになるでしょ。
わたし、あの人を傷つけたくない。だからずっと、ただの友達のままでもいいんじゃないかなって、思うの」
「…それって、『傷つけたくない』じゃなくて、『傷つきたくない』じゃないの?」
「え?」
「もしもよ。『ぼくの恋人だ』って、川島君があなたに、恵美ちゃんや他の女の子を紹介したとして、あなた、『よかったね』って、笑って言える?」
「…」
「友達だったら、そう言わなきゃいけないんじゃない?
彼の前で泣くことも怒ることもできないのよ。そんな資格ないのよ。自分の感情を押し殺して、ただ祝福するだけなんて、その状態がずっと続くなんて、そんなの拷問よ。さつきはそれでいいの?」
「そんな…」
「あなたが『好きだ』って言って、川島君が傷つくはずないじゃない。『友達のままでいい』っていうのは、告白できないさつきの臆病のいいわけだと思う」
「そういう言い方って、ひどいんじゃない?」
「ほんとのこと言っただけよ。振り向いてもらう努力をして、それでもダメなら友達のままでいいってのならわかるけど、『好き』って気持ちを押し殺して、ズルズル友達でいるような恋って、ずるい。
あたし、あなたにはそんなつまらない恋愛、してほしくないわ」
次々とわたしを貫くみっこの言葉に、わたしは恥ずかしくて口惜しくて、すっかり混乱してしまった。
「みっこは、あなたが綺麗だからそんな強気なことが言えるのよ。
あなたはいいわよ。あなたから好かれて、告白されて、拒める男の人なんて、いるわけないじゃない。
わたし、ブスだもん。あなたと違って顔もスタイルも…」
苦し紛れの言い訳をしながらみっこの顔を見て、わたしはドキリとした。
彼女は完全に顔色を変えている。
厳しいまゆ、わたしを睨んだ瞳。きつく結んだ唇。
「あたし」
わたしから視線をそらせて、みっこは突き放すように言う。
それは静かな、しかし、
「美人とかブスとかで、女の価値を決める男なんか、軽蔑する」
「…」
「あなたの川島君がそんな男なら、さっさと止めた方がいいわ」
「…」
「…」
そのあとふたりとも、しばらく口をきかなかった。
つづく
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