Vol.4 Tea Time
Tea Time 1
「さつきにそんな人がいたなんて、びっくり」
「そっ、そうかな?」
「もしかして夏に海に行ったとき、『高校の時に好きな人がいた』って言ってた、その人?」
「そう! みっこ、よく覚えてるね」
「そっか~。『焼けぼっくりに火がついた』ってパターンか」
「あ。それ違う」
「え? なにが?」
「それって、恋愛関係だった男女が別れたあと、またくっつくことの例えよ。それに『ぼっくり』じゃなくて、『木杭(ぼっくい)』」
「ふ~ん。さすが小説家志望。そうよね。さつきは恋愛関係にならなかったんだもんね」
「うっ… 痛いところを」
「あはは。ごめんごめん」
まるで反省していない明るい声で、みっこは謝る。
黄昏時、校門へと続くタイル敷きの舗道。
街路樹はほんのり秋の色づいてきて、下校する女の子たちもみな、枯れ葉色の装い。
みっこは純白の木綿のブラウスにチェックのベストと、ウエストがきゅっと締まったフレアのロングスカート。ポニーテールにした髪を秋風になびかせていく。
「それで。もう一度火がついた恋は、どう?」
「わかんない」
「ってことは、全然ダメってわけでもないのね」
「う~ん…」
「がんばってよさつき。あたしも協力するから」
「みっこが手伝ったりしたら、うまくいくものも壊れそう」
「ええっ、ひど~い。そんなこと言うんだったら、徹底的にジャマしちゃうよ」
「あは。冗談よ、冗談。みっこが協力してくれるんだったら鬼に金棒よ。だってみっこなら、男の子を自由に操れるもの」
「それも冗談よね」
「ね、みっこ。この先の喫茶店に行かない? わたし、もっと話がしたい」
「えっ。いいの?」
彼女の瞳がキラッと輝く。
「うん。わたし、みっこにいろいろ聞いてもらいたいから」
「いいわよ♪」
明るくうなずいた彼女は、銀杏の樹の下でクルリと回った。
わたしたちの学校の近くでは、『森の調べ』という喫茶店がいちばんおしゃれで人気があって、なにを食べてもおいしい。
綺麗な芝生に真っ白なテラスがあって、植木や鉢の陰から、うさぎやリスの置き物が顔をのぞかせている、アーリーアメリカン調の可愛い喫茶店。
「なににいたしましょう?」
『不思議の国のアリス』風のエプロンドレスを着たウエイトレスが、オーダーを取りにくる。
「あたしはダージリン。さつきは?」
「わたし、ケーキセット。ケーキは『タルトモンブラン』で」
「お飲物はいかがいたします?」
「ミルクティをお願いします」
オーダーを繰り返して戻っていったウエイトレスを目で追いながら、わたしはなに気なくみっこに言った。
「そういえば、みっこがケーキ食べてるとこって、見たことないね」
「そうね…」
みっこはなにか考えていた様子だったが、すぐにさっきのウエイトレスを呼ぶと、オーダーを訂正した。
「すみません。わたしもケーキセットでお願いします。ティラミスを。ドリンクはそのままで」
そう言ってメニューを閉じると、思い出し笑いをするように、みっこはクスッと口元をほころばせた。
「そういえばあたしね。学校の帰りに喫茶店とかケーキ屋さんに、友達と寄っておしゃべりするのに、ずっと憧れてたの」
「ふうん。そんなことに?」
「そう? そうよね。そんなこと、ふつうよね」
言葉を区切って、みっこは窓の外を見る。
「でもあたし、高校の頃まで、そんなふつうのことさえ、したことがなかったし、そうする友達もいなかった。だから、大学に入ったら、思いっきり自分のしたいことしようって、決めてたの」
わたしの脳裏を、ふと、『ブランシュ』の伊藤さんの言葉がかすめた。
みっこは小学校の頃からずっと、ケーキ屋にいっしょに寄り道できるような友達さえも、作れずにいたの?
そりゃ、少しわがままで気が強い子だけど、気配りができるし友達思いだし、みっこは同性から嫌われるようなタイプじゃないと思うけど。
「みっこはどうして、友達いなかったの?」
「…」
わたしの質問には答えず、彼女は頬杖ついて、窓の外の夕暮れをじっと見つめている。わずかに
みっこの台詞にブランクが空くたびに、自分とは遠い彼女を感じてしまう。
なんだか淋しい。
みっこにとってわたしは、まだ、なんでも話せる親友じゃないの?
それとも、ひとりでいることに慣れすぎたみっこは、誰にも心の隙を見せられない、強すぎる女の子になってしまったの?
「まあ、いいじゃない。先にあなたのこと話してよ。さつきと川島君のこと、聞かせてくれるんでしょ」
みっこはそう言って、また話をそらした。
まあ、仕方ないか。
いつか、みっこが自分から話してくれるまで、わたしは待つしかないかな。
つづく
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