Sweet Memories 4
ほとんどの店がシャッターを下ろしている地下街は、人影もまばらで、わたしのパンプスと川島君の靴の音だけが、“カツン”“カツン”と冷たく響きわたる。
卒業するまでどうしても伝えられなかった気持ちが、胸の奥でもやもや渦巻いて、わたしはなにもしゃべれず、川島君もさっきまでより口数も少なくなって、長い間ふたりは黙って歩いていた。
川島君、わたしを誘ったこと、後悔してないかな?
喫茶店にいたときも緊張しっぱなしで、あまりしゃべらなかったから、退屈な子だと思われたかもしれない。
せっかく、『いろいろ深い話ができるんじゃないかな』って思われてたっていうのに、がっかりさせてしまったかも。
わたしは焦って、話題を探した。
「だけど…」
川島君の方が先に、口を開いた。
「高校を卒業してしまうと、急に大胆になれるな」
「そ、そうね」
「あの頃は弥生さんと、こうやっていっしょに歩くことがあるなんて、思いもしなかったのに」
「わたしも」
川島君はポツリとつぶやく。
「たった半年前なのに、人って変わっていくものなんだな」
「あ…」
「なに?」
「ううん。なんでもない」
さっきもそうだった。
川島君ってやっぱり、わたしの心の琴線に触れるようなことを言う。
「だけど、変わりたくないものも、あるな…」
そう言って、川島君はちょっと言葉を探すように、間を置いた。
「…どんなに年をとっても、どんな経験をしても、自分の中で変わりたくない部分、守っていきたいものって、あると思うよ」
「そうね」
川島君はなにを考えて、そんなこと言ってるのかしら?
やっぱり、写真を撮ること、創作することへの情熱とかかな?
わたしだってもちろんそうだけど、川島君への想いも、いつまでも変わってほしくない。
川島君はまた少しなにかを考えているようだったが、意を決したように切り出した。
「今度、ぼくの学校の仲間とかで、同人誌作ろうって話してるんだ」
「同人誌?」
「写真でもイラストでも小説でも、なんでもありのね。自己満足とかじゃなく、人に読ませられるような内容にできればいいなって話している所なんだ。よかったら、弥生さんも参加しない?」
「参加? わたしが?」
「本の名前も細かい内容もまだ決まってないけど、小説を書く人も何人かいるよ。」
「わたしなんかでいいの?」
「もちろん」
「うん。 …じゃあ、やってみようかな」
「ほんと? 嬉しいよ。弥生さんみたいな人が入ってくれて」
「そ、そんな」
彼の嬉々とした笑顔がわたしの心を揺さぶる。
その言葉の端っこにただようニュアンスが、いちいちわたしをせつなくさせる。
『弥生さんみたいな人』
いったい川島君は、わたしにどんなイメージ持ってるんだろ?
知りたいけど聞けない。
恋の女神って、ほんとに意地が悪い。
わたし、こんな気持ちのまま、これからも川島君と会うのかな?
それはとっても嬉しい。
嬉しいことなんだけど、やっぱり… 怖い。
「家まで送るよ」
川島君はそう言って、いっしょの電車に乗り、とうとうわたしの家の前まで来てしまった。
「ごめんなさい。わざわざ遠回りさせてしまって。これから帰るの、大変でしょ?」
「いいんだ。女の子を夜中にひとりで放り出す方が、よっぽど大変だからね」
「あ、ありがと」
「じゃ、またな」
「こ… 今度はわたしにおごらせてね」
これが今わたしに言える、精いっぱいの言葉。
玄関のドアを閉めながら、わたしは振り返って彼に会釈した。
川島君はちょっと真剣な顔をして、わたしの瞳を見つめている。
「今日、会えてよかったよ。 …さつきちゃん」
「え?」
川島君はニコリと微笑んだ。
「高校の頃、みんなからそう呼ばれていただろ。『さつきちゃん』って。なんか可愛くて、ぼくも呼んでみたかったんだ。ごめんよ」
「う、ううん」
「じゃ、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
そう言って川島君は小さく手を振りながら、暗い夜道を歩いていく。彼のうしろ姿が闇に吸い込まれ、街灯を通り過ぎる毎に、そのシルエットが浮かんでは消え、消えては浮かび上がる。
わたしはずっとそれを見ていた。
追いかけたいけど、動けない。
名前を呼びたいけど、声が出ない。
もどかしい!
『ただいま』も言わずにわたしは家に入ると、そのまま二階の自分の部屋にかけ上がり、ベッドの上に高校時代の川島君の思い出につながるものを、片っぱしから広げていった。
アルバム。
卒業文集。
修学旅行の写真。
友達にもらったスナップ。
サイン帳。
想いを綴った、あの頃の日記…
ミニコンポのスイッチを入れ、CDをトレイにかける。
竹内まりあの『リクエスト』。
ふと触れた指先に
心が揺れる夜は
秘め続けた想いさえも
隠せなくなる
友達でいたいけど
動き出したハートは
もうこのまま止められない
罪のはじまり
word by MARIA TAKEUCHI
あの冬の日…
凍てついた心を、小さな炎が溶かそうとしているのを、わたしはもう、止められそうもない。
竹内まりあのせつない歌声が、そんな行き先のわからない恋にからまって、わたしの心の奥底に悲しく響いてくる。
わたしはベッドにもたれたまま、クッションをひざに抱えこんでその中に顔を埋め、旋律に聴き入った。
END
8th Feb 2011 初稿
18th Aug 2017 改稿
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