Episode 8 誰よりも強いその瞳で

 一日の授業が終わり筆記用具と教材をカバンに詰め込み、キキはそそくさとAクラスを後にした。


 昨日の内にクエストの成果をレポートにまとめ、提出済の私には既に教室に用事は残っていない。


 クラス内では既にある程度の人間関係が構築されつつあり、私に話しかけてくる者もいないので、居場所がないのも事実かもしれない。


 Aクラスでの課題であったクエストは基準を大幅に超えたモンスターを倒したことで、クラス内でトップの成績を取れたことは大きかった。魔道学院の成績が良ければ良い程、卒業時に授与される魔法は貴重な物になっていくのだから。


 その代償として町の修繕費に4億ゴールドも掛かったのは想定外だったけれど……。


 そもそも全てあいつが悪い。


 自分でやれと言っておいて、ちょっと村が崩壊したくらいでねちねちと文句を言ってきて。


 偉大な魔法使いになる以上、魔法の爪痕を世界に残すのは当然でしょう?


 思い出したらまた、むかついて来た……




 最近はなんだかおかしい。自分が自分ではないみたいだ。


 あの男と出会ってから、毎日が今までとはまるで異なっている。ここ数年はこんなに感情を表に出す事なんてほとんど無かった。


 魔法使い同士の会話なんて、お互いを見下し合った実力ありきの関係でしかないし、そこに貴族が加わるとさらに酷い。


 人間のクズの様な奴らに嫌気がさし、それに感化された自分が火に油を注ぐ。もめ事になったことも少なくはない。


 過去の記憶が脳内に映像として再生される。







 「ねえ、友達になろうよ。」


 急に声をかけられ驚いた先には、笑顔のクラスメイトが立っていた。リリス・アルフォード。中等部で同じAクラスの魔法使いとして有名な家柄の子だった。


 当時、魔物討伐の功績で名が広がっていた私には、意味合いは違えど良くあることで多少辟易していたが、その柔らかい笑顔に好感を持ったことは確かだった。



「いきなりどうして?」


「可愛いからよ!」



 その一言に頬が緩み、そこからすぐに会話は広がった。


 登下校を共にし、お互いの魔法理論を語り合った。彼女の好きな人の会話や、お互いの名家特有の愚痴など。



 様々な会話や時間を通して、仲良くなって行けるはずだった。




 リリスと一緒にいるようになってひと月も経たないうちに彼女は私を急に避けるようになり、話しかけても無視されるようになった。


 最初は何か私が粗相をしていまい怒っているのかとも思ったが、いくら話しかけても無視されるばかり。


 挙句の果てには、他の女の子たちと何やらこちらを見ながら嘲笑する様に話し合っている。


 いや、これは私の被害妄想だっただけなのかもしれない……


 結局、居ても経ってもいられず、勇気をだして問いただすことにした。


 放課後、人気のない校舎の影に彼女を誘い出した私は。


「ねえリリス。どうして話してくれないの?何か私が悪い事をしてしまったのなら謝るわ……」


 キキは肩を落とし、掠れそうな声を出した。


「悪いけれど、これからは話しかけないで欲しいの。アルフォード家は今後ストライク家には一切の不干渉の姿勢を取ることに決まったのよ。教会の理念に賛同出来ない人達と関わっていると、こちらまで邪教徒の扱いをされる恐れがあるわ。」


 リリスの言葉にキキは動揺を隠せない。


「なにを……言っているの……? それは大人達の理屈でしょう……? 私たち友達になったじゃない……?。それにストライク家は教会の理念に反対した訳ではないわ。今回の騒動に対して異議を申し出ただけよ!」


「はあ……。友達になんてなってないわ。あなたと仲良くしろという家の決定に嫌々従っただけよ。今回も同じ。それに真実なんてどうでもいいわ。あなたも名家の生まれならそれくらい察しなさいよね……とにかく金輪際、話しかけないで。」



 リリスはそれだけ言うとだるそうに腕を組み、踵を返すようにその場から立ち去って行った。



 キキの目からぽたぽたと涙が零れる。


 いくら拳を強く握っても、感情が収まらない。


 このプロメテウス魔法学校中等部に入学する際、父から言われていた忠告を思い出す。



「魔法学校に通うなら友達を作るな。」


 別に忘れていたわけではなかった。


 それでも友達が欲しかった。


 誰かと笑いあいたかった。


 おはようと言いたかった。


 また明日と言いたかった。


 ただそれだけだったのに……




 声にならない声で泣き続けるキキの涙に呼応するように強い雨が降り注ぎ、その日の内には降り止むことは無かった。








 夕暮れ時の校舎の窓の淵に手を置き、昔の記憶を振り払うように頭を振った。


 どれくらいの時間を過去に浸っていたのだろうか……


 もう下校していく生徒はほどんどいない。校舎の前の噴水に人影が二つ。黒い頭髪がよく目立つ。


 キキの頬が少し緩んだ。一緒にいるあの子は確かAクラスの……


 また何か問題を起こしているのでは無かろうか。


 あいつはいつもそうだ。


 バカで無能で自己中心的。誰かを警戒することもない。言いたい事をいい、やりたい事をやる。


 あれほど自分を偽らない奴を、私は他に知らない。


 何の力も無い癖に、この世界の誰よりも強い眼をしている。


 一体どんな自由な世界からやってきたのだろう?




 彼と一緒にいれば、こんな私でも少しは変われるのかな……?



 目線を真っ赤な空に向けると、太陽はもう半分以上沈みかけていた。

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