問題は続けてやってくる

 夕方頃になってカナメがクランのマスター室に戻ってくると、部屋の中に大量の荷物と……その上に座り込んで何かに拳で穴を開けているシュテルフィライトの姿があった。


「お、帰ったかカナメ」

「えーと……ただいま。一応聞くけど、何やってるんだ?」

「ふむ。お前に荷物が届いていたのでな。我が検分してやっていたのだが……」


 シュテルフィライトが床に投げたものを見てみると、どうやら人物画のようであった。

 その丁度心臓部を狙い撃つように穴が空いているのを見て、カナメはゲッと声をあげる。


「え、いやいやいや! 検分って絵に穴開ける事じゃないだろ!? 高いものだったらどうするんだよ!?」

「何をみみっちい事を。そもそもこんなもの、焼き捨てる以外の価値はないぞ?」


 そう言うと、シュテルフィライトは勝手に開けた封筒の中身をヒラヒラとさせる。


「ほれ、見ろ。お前への婚約申し込みとかいう、身の程知らずな紙屑だ。我が穴を開けたソレは、似姿らしいな……まあ、本当に似ているかは知らんがな」

「婚約申し込みって……もしかしてジュリアって人?」


 今日会ったばかりのアークロットの事を思い出しながら聞くと、シュテルフィライトは首を傾げる。


「まだ全部読んでいないからな……ひょっとしたら、この紙屑の山の何処かにそのジュリアとやらのものもあるかもしれんが」

「俺宛のものを読むってのがそもそも間違ってると思うんだけど……」

「何を言うか。どうせ返事は「断る」以外に無いのだ。ならば誰が読もうと同じであろう」

「そりゃまあ……」


 カナメにこのタイミングで申し込まれる婚約話がカナメの力なり聖国への影響力なりを期待しているのは間違いないし、そんなものにカナメとしても巻き込まれたくはない。

 カナメが読んだとしても、やはり断りの返事を書くのはその通り、なのだが。


「いや、だからって勝手に読むのは間違ってるし絵に穴開けるのも間違ってるし、そもそも勝手に部屋に入るのも間違ってるだろ」

「フン、よいかカナメ、よぉく聞け」


 荷物……恐らくは全部絵姿なのだろうが、その上で足を組み替え不敵に笑うシュテルフィライトにカナメは思わず気圧される。

 正しい事しか言っていないはずだが、この自信はなんなのか。


「我にはこの部屋にいる正当な理由があるし、これ等のゴミを処分するに足る理屈もある」

「……一応聞くけど、それって?」

「うむ」

 

 カナメが胡乱な目を向けると、シュテルフィライトは自信満々に腕を広げる。


「お前と子を成す以上お前の部屋に居るは必然であるし、狙った雄を横から掠め取ろうとする弱い雌は淘汰されるべきであり、こんな紙切れで関心を引こうとするその性根は毒である。故に我がこれを処分するはお前への心遣いと言えよう。毒が身体に触れる前に処分しようとは……フフ、意外に我も「乙女」とかいうやつなのかもしれんな?」

「……そんな獣みたいな乙女の理屈はないだろ……」

「そうか? この前酒場で吟遊詩人とやらが歌っていたのは、男を巡って殺し合う二人の女の喜劇だったが。愛しているから殺したいのが人間の女なのだろ?」

「そんな女の人は嫌だよ……」


 なんで今日はこんな疲れる事が多いのかとカナメは額を抑えていると、シュテルフィライトは荷物の山から降りてカナメへと近づいてくる。


「そうか、人間の女は嫌か。ならば我にするか?」

「それもちょっと……」

「何故だ!」


 怒りだすシュテルフィライトの腕を躱しつつ、カナメは荷物の山へと近づいていく。

 適当な板をひっくり返すと、やはりそこには女性の絵が描かれており……背後からシュテルフィライトがその絵の女性の心臓部分を一突きする。


「あ、こら! だからなんで心臓のとこを突くんだよ!」

「我を前にして、そんな絵の女なんか見るからだ。どう見たって我の方が美しいだろう!」

「そんな訳の分かんない対抗されても……」


 いいから出て行ってくれ、とシュテルフィライトを部屋の外へ押し出して扉を閉めると、すぐに扉が開いてシュテルフィライトが顔を出す。


「そうだ、言い忘れていたがな。オウカを渡せとか宣っていた阿呆が昼頃来てたから、とりあえず殴って捨てておいたぞ」

「え、捨てたって何処に。ていうかオウカを渡せって、何処の誰が!?」

「知らん。偉そうな口上を垂れてたんでな、不快だったから顔面に一撃入れた後に腹を殴って黙らせた。表に投げといたらいつの間にか無くなってたから、どこぞで肥やしにでもなってるんじゃないか?」


 いや、それは普通に聖騎士団か何処かに回収されたんだろうなあ……とカナメは思うのだが、その聖騎士団がクランに来ていればカナメに報告があるはずだろう。

 そのオウカの一件もカナメに報告が来ていないということは……恐らく、何らかの騒ぎになる前にシュテルフィライトが片づけてしまったに違いない。

 ……だが、それで終わりと考えるのは実に危険だ。


「……危ないな」


 オウカ絡みだと考えると、オウカが元々居た国関係だろう。となると、オウカを今後しばらくは一人で出歩かせるのは絶対にナシだ。

 本来なら護衛役のクラークは最近はヴェラール神殿に籠って本を読んでいるようだし、クラーク一人で対処できる問題かどうかも不明だ。


「ん……んんー……」

「よく分からんが。オウカが心配なのであれば、お前がついていれば良いのではないか?」


 いつの間にかまた部屋に入ってきているシュテルフィライトだが、とりあえず気にしないままにカナメは「うーん」と唸る。


「いや。それでも問題解決には……」

「何を言うか。オウカがまだ狙われるのであれば、十中八九接触があろう。それを捕まえて締め上げれば、幾らでも情報を吐くだろうよ?」


 ……なるほど、確かにそれは間違っていない。国絡みであるのならば、間違いなく第二の使者が接触してくるだろう。

 とはいえカナメがついていけない場所もあるし、その辺りは女性陣……たとえばアリサ辺りに手助けを頼めば確実だろう。

 そう考えた時、部屋の扉が軽くノックされた。

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