第40話 たどり着いた出発点

 聖ガダルフ暦八九五年、九之月二日目。

 魔竜によって削ぎ落とされた色の復興が進む中、赤之塔の執務室は重苦しい空気で満たされていた。


 何時ものように自席に座る赤之席ゼシウと、その目の前で肩を落とす紫之席タルナス。この二人はもうかれこれ一時間近く、無言のまま時を刻んでいる。


 ゼシウはじっとタルナスを見つめたまま、今は亡きその父である前紫之席ロジャー・ベイルを想う。

 タルナスは確かに優秀であり、その才能には目を見張るものがある。

 心根も優しく、色術師の素養としては光り輝くものがある。


 そうではあるが、蛇に睨まれた蛙のように縮こまっているタルナスを見てはその父との器量の差を痛感していた。


 木製の壁掛け時計がまた少し、時を刻んだ。

 ようやくゼシウが言葉を発する。


「そう小さくなるなタルナス・ベイル二等色術師」


 その言葉に、タルナスの肩が小さく撥ねた。

 恐る恐る瞳を上げてゼシウの顔を覗き込むようにするタルナスの姿は、ゼシウからすれば気弱な兎のようにさえ見えた。


「……申し訳ありませんでした」


 もう何度目かも分からない程に繰り返された、謝罪の言葉。

 ゼシウはそれを鼻で笑ってやる事にした。


「ふん、もう良い。だが誰かが責任を取らねばならんのだ。分かるな」

「はい、無論です」


 紫之席、ではなく、名前の後ろに二等色術師と付帯して呼ばれた事が全てを物語っていた。それを察知できない程、タルナスという男は愚鈍ではない。


「しばらく空席にしておく。半年だ、返り咲いて見せろ」


 その言葉に、タルナスの顔に生気が戻った。


「有難う御座います!」


 勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げる。


「構わん、座れ」


 促されて再び腰を下ろしたタルナスに向け、ゼシウはぐっと体を乗り出して言う。


「大方、イルセニアのロイ家が意図的に送り込んだのだろう。我々もろとも、ヴァン家を根絶やしにするつもりだったに違いない」


 タルナスは深く項垂れて言葉を返す。


「はい……申し訳ありません。まんまと利用されてしまいました」


 ゼシウは首を振り、こつこつと机を叩き虚空へと視線を舞わしては言葉を続ける。


「何食わぬ顔でおれ。儂もそうする、管理者たちもそうさせる。降格になったお前もそうするのだ。我々アンダルフィア色術師連盟は、この程度の事で狼狽えたりはせんと、そう内外へ印象付けよ」

「はい、肝に銘じます」


 そう答えたタルナスにか、それとも独り言か、ゼシウは己の脳裏に浮かぶ疑問を口にした。


「しかし分からん。どうやってクルアガ渓谷の魔竜など手に入れたのだ……」


 椅子をくるりと回してタルナスに背を向けると、壁に掛けられた巨大な世界地図に目をやった。

 西の大海に浮かぶイルセニア王国と、内陸部にあるクルアガ渓谷では相当な距離がある。その上、クルアガ渓谷の存在する一帯は、クルクドア帝国という亡国が存在していた無法の地である。


 ゼシウは己の考えを整理するかのように、一人言葉を続けた。


「ニト公国が一枚噛んでいるとなれば、尚更の事。我らが隙を見せれば次の手を仕掛けてくるじゃろう。気丈に振る舞え、隙を見せるなよ」

「重ね重ね、肝に銘じておきます!」



 丁度その頃。

 重苦しい空気の中で伝えられた紫之席タルナスの更迭人事を他所に、連盟本部の洋館の一室には明るい空気が満ちていた。


 赤い長髪をバッサリと切り落として黄色の短髪に染め直したレイモンドが、押さえきれない笑みで一枚の認定状を読み上げている所だ。

 そのレイモンドの目の前で直立不動のアルムを、部屋の隅で姉弟子とその側近が見守る。


「それにしてもレイモンド四等色術師様は、何故頭髪を黄色に?」

「はあ……それを私に説明させるの? ご本人様曰く、私への敬意だそうよ」

「敬意ですか。なるほど。好意ではなく、敬意ですか」

「あのね……まあいいわ」


 小声で語らう二人を他所に、レイモンドが認定状を読み終えた。


「――よって、貴殿を正規の色術師に認定する。聖ガダレフ暦八九五年、九之月二日目。アンダルフィア色術師連盟、七塔管理者議会代表、赤之席ゼシウ。代理、レイモンド」


 その一室に集まった人間は決して多くない。

 それでも十名近い人間から、盛大な拍手が送られた。


 アルムは直角に折れ曲がってその認定状を受け取ると、くるりと振り返ってそれを高々と掲げて見せる。


「やったー!」


 そう叫んで飛び上がった。

 拍手は一層の盛大さを増し、惜しみなくアルムに降り注ぐ。


「皆さん有難う御座います! けどすいません、俺、行かなくっちゃ!」


 言うなり、誰にも静止の言葉を言わせる間もない。

 まるで鉄砲玉の如くはじけ飛び、部屋の扉を蹴破る勢いで何処かへ走り去っていった。


 唖然とする室内で、怪我の手当後が痛々しい姿の屈強な男が、車椅子を押してシエラとリンへと寄ってくる。

 その車椅子には緑色の毛糸の帽子をかぶる白髭の老人が座っていた。


「はっはっは。あの勢い、若くて良いのう。昔のガジルを見ておるようじゃ」


 パウの言葉にシエラは苦笑してみせた。


「色術師としては、見習ってほしくありませんけどね」


 シエラの後ろで笑いをこらえたリンにちらりと見やり、パウは自慢の白髭をさすりながらアルムが消え去った扉の向こう側へと視線を移す。そして徐にシエラに問いかけた。


「汝が付いておれば問題あるまい。しっかりと頼むぞ。配属は決めたかね」

「あの子の適正を考えて、先ずは物質イリコ系の仕事から始めさせます」


 パウはうんうんとしきりに頷きながら、言葉を返す。


「良いぞ良いぞ。しかし規格外じゃからのう。いきなり七色の虹の紋章を背負う事になりそうじゃな」

「そうですね……確かに規格外です。私でさえ最初は二色だったのですから」


 シエラはそう言うが、若干十二歳で認定試験を突破したのは最年少記録であるし、同じように十二歳で二色を扱ったという記録も当然ながらシエラのみ。その上は十四歳で黄之塔の管理者に抜擢されたという事実。

 何処からどう見ても、今のところはシエラのほうが規格外の実力者である。


 シエラは綺麗に染め直した黄色い髪を揺らし、天女の如き美しい笑顔でパウに言う。


「パウ様、昼食をご一緒しませんか?」

「ほほう、これは嬉しい誘いじゃな。こんな美女から誘われて断る男がいるものか。例え老いぼれでもな。はっはっは」


 パウの言葉に頷いて、シエラはパウの車椅子に手を掛けた。


「マッセさん、変わります。私に押させて下さい」


 未だ包帯だらけのマッセはその言いに小さく会釈し、数歩下がって位置を譲った。

 美しい黄色の髪を揺らしながら、緑色の帽子をかぶる老人を乗せた車椅子を押す美女。それはまるで、祖父と孫のような姿であった。



 その頃、アルムは全力疾走中である。

 例によって騒がしく喚き散らしながら、道行く人の困惑と笑顔を同時に作り出していく。


「おばさん! 見て! これ見てこれ! 俺さ、色術師になったんだ!」

「あらまあ、新しい色術師様ね。宜しくお願いします」

「うん、こちらこそ!」


 誰それ構わず声をかけ、手にした認定状を自慢しながら駆けていく。


「やったー! やったぞ!」

「お? どうしたんだ少年」

「聞いてよおじさん、俺ね、色術師になったんだ!」

「ほう! そいつはお若いのに大したもんだ」

「でしょ? でしょ!? ありがとう!」


 方々で賛辞を貰い、走り、とうとう町の外れに辿り着く。


 視界の前方。

 道の片隅に小さな屋台が置かれている。


 呼吸を整えるようにゆっくりと近づいてみると、子連れの客にスープの入った皿を提供する男を見定めた。


 アルムは思い切り息を吸い込んで、人生で一番大きな声を出す。


「キゼットさーん!!」


 男は目を丸くしてアルムを見やる。


「なんでえ、そんな大声出さなくても聞こえるだろ。俺を耳の遠い老人扱するんじゃねえよ」


 そう文句を言ってみせてはいるが、表情には満面の笑みを湛えていた。

 アルムはもう一度思い切り息を吸い込むと、認定状を頭上に高々と掲げ、人生で一番大きな声の記録を更新する。


「合格した!!」


 その言葉に、キゼットは深く頷く。

 そして右手を突き出して、親指を空へと向けて見せた。


「あったりめえだ。ところでスープはどうだ?」


 そしてニヤリと笑ってみせる。


「今日はな、カボチャだ」




【白黒世界の色術師】

 第一幕『鬼才の愛弟子』 ~完~

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