第25話 緑之席パウ

 アンダルフィア色術師連盟本部。

 急な招集に応じて漆黒の洋館に集結した、七色の塔の管理者。


 議会と呼ばれてはいるが、発言権を付与された参加者は七名のみ。

 彼らは其々の塔と同じ色に染められた椅子に腰かけ、純白の円卓を囲う。


 赤い椅子に鎮座する老人から発された議題に、誰が先に意見を述べるかを無言のままに牽制しあう各塔の管理者にあって、紫の椅子に座る青年だけは余裕の表情を浮かべていた。


 焦れる空気を切り刻むように、議場の巨大時計が木製の音を刻む。


 ――周辺諸国から寄せられる要求や時勢の流れに柔軟な対応を取る。


 今回の認定試験前倒しは、色術師連盟がより政治的な取り組みに注力すべく、形式上は赤之塔の管理者であるゼシウからの発案となっている。

 試験を前倒しで実施し、更には翌年の試験を延期もしくは中止とし、一年以上に渡って政治的取り組みに注力できるだけの余裕を持たせるという大義名分である。


 だが色術師認定試験の日程前倒しを実行に移すとなれば、その影響は至る所へ及ぶ。

 連盟職員や担当する色術師は試験準備に追われるであろうし、何より今後の人生を掛けて挑もうとする受験希望者に及ぼす影響は計り知れない。更には、各国から参加する受験希望者へ日程の変更を通達せねばならず、日程の変更に至った理由を各国に説明する必要まで発生する。


 だからと言って簡単に反対意見を述べられる状況でもない。

 この前代未聞の急な招集は、他ならぬ最高権力者の意向を示しているのだ。述べられた大義名分意外には細かい事情や経緯の説明があったわけではない。求めればなされるであろうが、赤之席ゼシウはそうし辛い場の空気を見事に演出してみせた。


 ――当該の議題について、赤之塔を預かる管理者として迅速な議決を求む。


 今までの議会ではありえなかった、ゼシウ個人が強く可決を望むという意向が添えられたのだ。


 誰しもが息を飲む議場にあって、ようやく一人の老人が声を発した。

 漆黒のマントには金色の虹の紋章を携え、その者の象徴とも言える緑色の毛糸の帽子を目深にかぶり、真っ白の見事な顎髭を左手でさする。


「よろしいかな」


 緑の椅子に腰かけていたその老人が立ち上がり、周囲を見回してからゆったりとした口調で言葉をかける。


「確かに赤之席殿が申されるように、アンダルフィアを取り巻く状況は時代の節目を迎えておる。ニコダルスフ王国からは軍事への支援要請、エルドア帝国からは魔の森共同開発要請。更には昨今、ラステンス王国による流通の封鎖でテトラからの税収は減る一方。皆も概ね把握しておろう」


 真っ白く長い顎鬚を左手でさすりながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「間違いなく今までと同じではいかん。我らの方から変わらねばならん。だがな、最近歳のせいか腰が痛くてかなわんのじゃ。ちと休憩を挟まんかね」


 苦笑にも失笑にも似た笑いが円卓を包んだ。

 だがその言葉に頷く者が多かった事もあり、議会は一時的に中断される。


 休憩を言い出した緑之席パウはその足で己の控室へと移動し、そこに黄之席シエラを呼び込んだ。パウの側近とシエラの側近は、揃って控室の外で待機させられており、室内には二人だけである。


 薄暗いランプの灯りだけの室内で、ソファーに腰かけてテーブルを挟んで向かい合う。


「さて……どうするかね」

「パウ様のお考えを聞かせて下さい」


 シエラの実直な眼差しに、パウは小さく笑う。


「あやつは『やる』と言い出したらどんな手を使ってもやる。そういう所は汝の師と同じじゃよ。同族嫌悪というやつじゃろうな」


 パウの言う『あやつ』が誰を指示すのか、シエラは迷う。

 赤之席ゼシウか、紫之席タルナスか。


 パウは言葉を続けた。


「あやつは是が非でもやるつもりじゃ。既に場の空気もあやつの意向を受けてその方向に流れつつある」

「止めるのは難しいと?」

「さあてどうじゃろうな。儂の政治力を試す良い機会にしてもかまわんが、あっさり負けては今後に響く。汝らを助けてやれなくなるぞ」

「それは……」


 顔をくぐもらせるシエラを前に、パウは対照的に明るい顔で言った。


「だが奴らは一つ見誤っておる」

「それは?」


 懇願するように問うシエラに、パウはゆっくりと頷いてから言う。


「現時点でのアルム君とやらの実力じゃ。儂はガジルからその才を『唯一無二』とまで聞いておるが、現状はどんなものかね」

「私も詳細までは把握できていません。ですが、パウ様から頂戴した師匠からの手紙を、何の躊躇も無く一瞬で赤く染め直す程度の実力は確認しています」


 パウはうんうんと頷いて顎髭をさする。


「ふむふむ。そこから察するに物質イリコ系は得意そうじゃな」

「アルム本人の色付けを行いましたが、内に秘めた繊細な魔力の質は私よりも高いかと。それに、とても正直で優しい良い子です」


 髭をさすっていたパウの手がピタリと止まる。


「ほう。天才と呼ばれた汝にそこまで言わせるか」

「師匠の見る目は確かだと。私も含めてそういう結論でよろしいかと」


 シエラの才を見抜いたのも、アルムの才を見抜いたのも、ガジルである。


「良いぞよいぞ。奴らもまさかそこまでとは思っておらんじゃろう。それ故に試験の前倒しでどうにかなると勘違いしておる」

「そうではありますが……師匠の事ですから。かなり大雑把な教え方だったでしょうし、現段階で『前倒しで実施してもアルムは合格する』と言い切れません」


 シエラの言葉に、パウが鋭い視線を添えて言葉を投げ返す。


「では一年後ならば必ず合格できるのかね?」


 そこでシエラの言葉が止まった。

 単に実力の話であれば合格できると言い切りたいが、一年の猶予はアルムだけのものではない。


「その一年の間に色術師の弟子取りに関連する厳しい法規制がされては、アルムが受験資格を失う可能性があります」


 パウは満足げに頷く。


「良いぞよいぞ、よう分かっておる。故に前倒し実施のほうが幾分か楽よ。だがそうだからと言って賛成するのも上手くない」

「確かに、私はあくまで反対すべきですね」

「はっはっは。良いぞよいぞ、その通りじゃ。慌てふためくほうがよい」


 パウは真っ白い顎鬚をさする手をやめ、ゆっくりと立ち上がった。


「汝が余裕を見せてはな、それがアルム君の実力の証左となる。そうなれば別の手立てを講じてくるやもしれん」


 シエラも遅れて立ち上がる。


「考えたくありませんね」


 そう言って俯くシエラにパウが問う。


「何を想像したかね」

「ガジル・ドリスタリアへの追捕令に、弟子への捕縛と取り調べを追加……」


 それは当然ながら黄之席を預かるシエラにまで及ぶ事になるため、議会での承認決議は難航するであろう。だがそうだとしても、赤之席ゼシウはそれを断行しかねない。パウもシエラもそう考えていた。


「然様。故にな、反対し、悔しがり、慌てふためけ」

「流石はパウ様、策士ですね」


 パウがニヤリと笑う。


「知恵者と言うてくれんかのう。はっはっは」

「では思い切り演技させて頂く事にします」

「そうかそうか。汝は演劇の才まで兼ね備えておるか。はっはっは」


 笑うパウよりも先に足を進め、シエラが控室の扉に手を掛けた。


「さあ行きましょう」


 言って扉を押し開ける。


「すまんな。では行くとしようか」


 外で頭を下げる側近二人の間を抜けて、緑と黄の管理者は議場へと戻った。

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