白黒世界の色術師

犬のニャン太

序章 『アンダルフィアの色術師』

【初】色の無い世界

序章 アンダルフィアの色術師

◆◇◆◇◆◇◆


 世界の全てが白と黒に染まった。


 白と黒。その濃淡だけで表現される色の無い世界に、人々の心は疲弊した。


 世界が色を失ってから数年の後、色を操る奇妙な魔術を生み出したのは、アンダルフィアの地に住まう一人の魔術師だったと言われている。


 その魔術が人々の心にどれだけ鮮やかな希望を与えたか、どれだけ華やかな驚きを与えたか。それを知りたければ、アンダルフィアの町に行くといい。

 かの地は色彩魔術発祥の地として、色あせる事のない輝きを保ち続けているのだ。


 色彩の町とも呼ばれるアンダルフィアは、この世界で最も濃厚で鮮やかな色に満ちている。

 それもその筈で、世界中に色を付けて回るのが仕事である色術師いろじゅつしは、全てがアンダルフィアの魔法学校で色彩魔術を学び、色術師となり、アンダルフィアに寄せられる依頼に応じて各地へと赴くのだ。


 色を失ってから百年の時が過ぎた今、アンダルフィアこそが世界中の全ての色を担っている。

 良くも悪くも、全て。


 それ故にか、色術師がアンダルフィアから遠く離れた任地へ赴く場合、危険を伴う事も珍しくはないらしい。


 ――探検家エンデカ・サルスタニアの手記

     【第三巻 色術師】アンダルフィアの実態、冒頭より。


◆◇◆◇◆◇◆



 港町フェルシから、ニコダルスフ王国の衛星都市パジェへと向かう街道。

 街道と言えば聞こえは良いが、白と黒で構成されるモノクロの大草原を縦断するその道は、舗装などされていない閑散とした田舎道である。


 そんな長閑な雰囲気の街道で、まだ日も高いというのに、二人の色術師が十名を超える野盗に囲まれていた。全員が薄ぼけた色しか持ち合わせておらず、少なくともここ数年は色付けから遠ざかっている事を容易に窺い知れる。そんな連中である。


 その中から、頭目らしき男が一歩前に出た。


「金目の物は置いていきな」


 そう言って卑猥な笑みを浮かべる。

 野盗に相対する二人の色術師は、漆黒のマントに身を包み、その下には艶やかな色の服を身に着けていた。

 一人は不良中年といった体の男で、もう一人は美しい少女である。


「シエラ、下がってろ」

「ご自分で戦うおつもりですか? こんな時の為に妖精ネライダの卵を育てろと言われているのですよ?」

「俺はあの卵がどうにも気に入らねえんだよ。理由なんて聞くなよ? 気に入らねえもんは気に入らねえんだ」

「私の使用人イピレティスはいつでも呼び出せますから、言ってくださいね?」


 中年の色術師はそれを鼻で笑う。


「へっ、よしてくれや。お前さんの手を煩わせる事はねえよ」

「あのですね、色の無断使用ですからね? 身を守る為に使う場合は除く事になっていますが、師匠の場合は意図的にそうしていると言われても反論できないのですよ? 妖精ネライダの卵を育て、使用人イピレティスを宿し、それでも自分でやらなければならない場面だからこそ、身を守る為だと言えるのです」


 形の整った美しい眉を顰めて力説する少女を他所に、中年の色術師は余裕の笑みを湛えて一歩踏み出した。


「まあ硬いこと言いなさんな。これが俺のやり方だ」

「はぁ……分かりました。私は目を閉じておきます。何も見ませんし、何も聞きません」


 少女は深いため息と共に切れ長の美しい瞳を閉じ、両手で耳を塞いだ。

 野盗に囲まれているというのに、尋常ならざる落ち着きぶりである。


 その様子に野盗の頭目が苛立ちを見せた。

 元より野蛮な男である。人を殺める事に微塵の罪悪感さえ感じない。そんな根っからの悪漢である頭目は、手にした色のない斧を大きく振りかぶる。


 それに反応するように、中年の色術師は一瞬で間合いを詰めると野盗に向けて右手を突き出した。


「小汚ねえ斧だな。色がねえんじゃお洒落とは言えないが、よく似合うぜ」


 間合いは詰めたのだが、かと言って拳が届くような距離ではなく、ただ掌を向けただけである。


「色術師風情が舐めるなよ、死ね」


 掌を向けられた野盗は、力任せに斧を振り下ろそうとする。

 だが、体がぴくりとも動かない。


「やめとけ。色は力だ、自分の身体を見てみな」


 重く鈍くなった首をどうにか動かし、自分の右腕を視界に入れる。


 ――馬鹿なっ!?


 そう言いたかったのだろうか。

 だが口さえも動かず、声も出ない。

 野盗の右腕は木目調に染まっており、まるで木材にでもなったかのように全く動かないのである。そしてそれは右腕のみならず全身にまで及んでいた。本人は気付いていないが、まるで木像のような状態に変わり果てている。


「お、お、お頭っ?」


 頭目の有様に慌てる子分共であったが、自分たち身に起きている異変に気付くのにそう時間はかからなかった。


「ギャー!?」

「おい、何だよコレ! 足が、足が!」


 子分共の足もまた綺麗な木目調に染まり、動かそうにも動かすことが出来ずにいる。まるで角材にでもなったかのような足に、体勢を崩して倒れる者もいた。

 慌てる子分共を他所に、色術師は己の左手で右の拳を掴み頭目に問いかける。


「さて、何で殴られたいかね。鋼か? 銅か? そういや金目の物とか言ってたよな。それならお望み通りきんにしよう。言っとくが重いぞ、金は。痛てえぞぉ」


 刹那、色術師の右の拳が光り輝き、肘の辺りまでが眩い黄金に染まる。

 そして躊躇なくそれを振りかぶり、野盗の頭目の顔面を真正面から打ち抜いた。


「……呆気ねえな。まあ暫くそこで寝てろ」


 派手に吹き飛んだ頭目は意識を手放し、地面に倒れ伏す。その代わりと言えるかどうか、木目調の色は消え去り、元の薄ぼけた色を取り戻した。


「さてシエラ、終わったぞ」

「見てません見てません、私は何も見てません! さあ先を急ぎますよ」


 腰を抜かした子分共は追いかけるどころか、立ち去っていく色術師の背を見送る事しか出来ずにいる。そんな彼らの足もまた、元の粗末な色に戻っていた。


 色を極めた者は、その色を力に変える。

 だがそれは達人の域に達した色術師だけが扱える能力であり、一般的にはただの色だ。

 白と黒の味気ない世界を彩り、人々の生活に輝きを与える。

 それが色術師の本分。


 失ってしまった色を求め、例え仮初めであろうともそれを欲する者がいる。

 その求めに応じ、対価を得て色を提供する色術師が存在する。

 それらの者を指さして、神の意志に背く行為だと糾弾する者がいる。


 アンダルフィアの色術師。


 彼らの行いは、味気ない白と黒の世界に色を付け、人々の生活に彩を与える崇高な取り組みか。

 それとも、色彩を渇望する世界からそれを独占する専横か。

 はたまた、神をも恐れぬ蛮行か。


 愚直にもその答えを求める、鬼才と謳われた男。

 その男から全てを教わり、天才と謳われるまでになった美少女。

 そしてもう一人、稀有な才覚を持った色の無い少年。


 思いは紡がれ受け継がれ、やがて世界に、本物の色を問いかける。

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