4. 企業倫理
4-1
「部品が足りないんですよね」
「それはそちらが事前に出した計画の不足では?」
「まあ本来なら、そう考えるところなんですが。でも計画開始時点で齟齬が発生することは、いつものことじゃないですか。計画通りに進むことのほうが珍しい。御社としても交渉に応じるだけの猶予はあって然るべきだと思います」
応接室で難しい顔を突っつき合わせているのは、ミモリと、航空機の部品を扱う会社の社長だ。
「別に御社の責任だと言っているわけでもないし、だから格安にしろと言うわけでもないんです。ただそっちで持ってる余剰在庫を回してほしいだけで」
「その余裕がないんです。当社としてもありがたいことに、あちこちから発注を頂いておりまして、このリストにある部品のほとんどを、今回せない状態でして……」
ミモリの表情はゼロだ。つまり無表情。しかし僕の同類ではないな、と感じるのは、いつでもそこに足し算と引き算を出来るという点にある。彼女はここから、笑いもするし怒りもするだろう。そういう冗長性を感じさせる顔。
相手は渋面。体躯はいい。体重もミモリの二倍はありそうだ。多分、空を飛んだことはないだろうな、というのは、僕の勝手な想像。顔も縦に長い。刻まれた皺が威厳を必ずしも約束するわけではないという典型例に思える。そんな感想を僕が抱くのは、応接室に入ってきた僕達、つまり子供二人なわけだけど、あからさまに鼻を鳴らしたのが、僕の印象にマイナス補正を掛けているからだろう。相手を侮る最初に姿勢を見せるのは、本人は自分の優位を見せつけるためのものなのかもしれないけれど、第三者の立ち位置から見ていると滑稽なものでしかない。
そして現に、今、彼はミモリを応接用のソファからどかすことも出来ないのだ。
ミモリはいつものフライト・ジャケットではなく、工場のツナギ姿だ。スーツを着ないのは持っていないからとのことだけど、まあ、工場の代表としてここにいるのだから、記号としてその服装は間違いではないだろう。
ともあれ、フレガータの改修工事が始まってしばらく、部品関連で問題が発生したため、エンジンの調整で手が離せない祖父のシマに代わって、副社長であるミモリがこの場に交渉に来ているというわけ。
「そもそもの問題は私たちの立てた計画の不全ではないんですよ。部品数に関しては十分の納品をして頂きましたが、実際にこちらで検品を行った結果、使用に耐えないものが、お渡しした資料の通り発生してます。これはちょっと許容出来ない数字です」
「そちらの要求水準が高すぎるという面もあるでしょう。ロッカさんのところはいつもそうだ。大企業より厳しい検品がある。こちらもシマ社長とは古馴染みですから、あまり言いたくはないのですが、そういうやり方だとこの先、苦労しますよ」
「私自身の命が懸かっていますから、当然です。それを言うなら要求水準は高すぎるということはないです。この手の部品は少しでも基準を外れたところが見られたなら、除外するのが常識ですよ」
「大量生産品です、そういうこともあります」
「「そういうこともある」で、お金みたいに命を落っことすわけにはいかないです。私は自分で飛んでいるんです。というより、そもそも品質云々の問題ですらないんです。この場合、もっと現品を送って下されば、こちらで検品しますし。何故在庫をこちらに回せないのかを聞いているんです」
「ですから、在庫が少なくなっていると。ロッカさんのところだけを特別扱いするわけにはいかない。分かるでしょう? ロッカさんに部品を特別に融通するとなると、こちらも結構な無理をすることになる。その損害を考えると、現状のままお話を聞くわけにはいきませんね」
つまり、これは値上げ交渉ということでいいのだろうか。
どうにも、話をする前提条件を互いに譲らないという感じ。
ミモリはパイロットでもあるから、自分が墜ちないためにある程度の非効率を承知する下地がある。それに対して空を飛んだことのない人間は、地上での生産効率を重視するから、まあ、平行線。
僕としては気になるのは、テーブルの下に見つけたクリスタルの灰皿だ。煙草、喫ってもいいんだろうか。ただ、誰も煙草を口にしていないところで行動するには、ちょっとした勇気が必要。そんなことを考えるあたり、僕にもまだまだ余計な機能が付随しているなと思う。
きっかけを求めて彷徨わせた視線が、ミモリが持ってきたコピィの束に行く。数字と文字の羅列。大半は理解不能だけど、それが飛行機の部品を示していることは分かる。ほとんど興味もなかったし、書類仕事は早々に部署を追い出されたわけだけど、分かることもある。軽い素材だ。どれも強靭さより軽さを追求していることが分かる。だからこそ、ミモリの言う「基準」を満たすことが難しいという側面もある。でも頑丈と軽量化というのは、つまり矛盾した条件なわけで、こればかりはどちらかが、もしくはお互いが譲歩して落としどころを見つけるしかない。ミモリもここに来る途中、交渉は譲る前提だと言っていた。それでも、少しでも要求を通すのが今回の目的だと。
僕はばれないように眉を片方上げる。ミモリは譲ると言っていた。それが譲れないのは、完全に相手が拒絶の姿勢を取っているからだろう。つまり何も伏線がないまま譲れば、それは今後の会社や、改修に協力している会社にも良くない影響を及ぼすのだ。面子というと下らなく思えるけど、品質を下げることが常態化するのだと言えば重大なことだと分かる。面子なんて下らない言葉、全く誰が考えたんだか。
ミモリと相手の社長はしばらく何だかんだと言い合った後、黙って資料を繰るという膠着状態。要するにまあ、さんざん撃ち合った後で、互いに旋回しながらフラップの調子や残弾、燃料を確認している状態だ。次の一合で決まるだろう。
さて、この社長はワンマンらしく、秘書の類はいない。先程コーヒーを出した社員は既に退出。社長は僕のことを最初から眼中に入れていない。
つまり、ここにフリーの遊撃機が存在するわけだ。弾薬も燃料も申し分ない。ただし、この場においては少々性能不足。
やるなら一撃。それが限度だろう。
僕はコピィをそっと置き、慎重に狙いを定めてからトリガを引いた。
「戦闘機には強度が足りないね。――連絡機?」
弾筋を確認するより早くバンク。旋回。離脱。僕は素早く机の下から灰皿を取り出し、もう片方の手で煙草を咥えた。ミモリを見る。彼女のきょとんとした顔はチャーミングだったが、それは一瞬。
ミモリが眉間に皺を寄せた。
「あの、お願いしている部品、他にどこが買い取っているのか、お聞きしても?」
「それは駄目だ。信用問題に関わる。守秘義務というものだ、分かるでしょう?」
「もしかして軍、――企業軍ですか」
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