異世界の果て 12
ボンベが、急速にその中身を吐き出した。
気体は真空の中で急速にその場に圧縮され、空間にへばりつくように固着し、シャーレに貼りつく粘菌のように空間に広がっていく。それが全て、意思の力だと唯一神が言うのなら、確かにそれは奇跡のような光景だった。
「困ったな」
(何がだ?)
「僕の中には、僕が作りだす世界以外に、君に危害を加える一切が存在しないんだ。それはつまり、この世界に僕が作りだすモノ以外のイレギュラーが存在しないということなんだけれど、今まさに、君がそのイレギュラーになりつつある」
(なるほどな。お前がどういう存在なのか、わかり始めてきたぜ)
僕の中、というのはつまりこの無数の星を散りばめた広間のことを言うのだろう。ここは、ディダバオーハが支配する箱庭のようなものなのだとタジは考えた。箱庭の中に、人間や、その他あらゆる意思ある者が存在していて、その意思を集めて共通の幻想を創り上げている。彼は、その作り上げられた箱庭の神なのだ。
(英語が禁止になっていたのは、おそらくそれが世界を形作る言語だからなんだろうな)
はじめに言葉があった。
言葉は世界を作る。ディダバオーハの作る世界には言葉が不可欠で、言い換えればそれは言語が必要だということ。
世界が、世界として構築されるための言語が。
(つまり、俺が生まれ変わった異世界は、いや……異世界だけでなく、俺がもともといた世界でさえ、ディダバオーハの作ったプログラム言語の世界だったんだな)
だとすれば、今いるこの世界は何なのか。
問うまでもないことだった。朝靄の中にあったタジの思考は、ボンベによって吐き出された空気が気体としてではなく凝集されることによって質量を増やしていくにつれて、つまり肉体がそこに現れるにつれて、より判然としていく。
「唯一神が管理される世界。つまりだ、唯一神ディダバオーハでさえその理には抗えない世界っていうことは、ここが」
いつの間にか発声器が生まれ、タジは真空の中で言葉を発することができるようにまでなった。
それはまるで最初からそこに人間があったかのように、肉体がプリントアウトされていくような作られ方であった。人間の芯から末端にかけて徐々に構築されるタジの肉体は、無重力にあってようやく四肢が作られていく。
背骨により近い部分、感覚器のある頭の部分が優先的に作られていくらしく、四肢がゆっくりと生え始めるころには、タジの顔はすっかり完成されていた。
光球ではなく、普通の、人間の顔だった。
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