盗人の城 31

 指揮官の出ていった扉に近づき、そっと触れる。

 木材でできたその扉は、重く厚みがある。以前タジがこの居室を訪れたときは、もっと軽やかな建材を使っていたはずだから、これは恐らく王同士の争いの時に新たに打ち付けられたものだろう。

 厚みのある扉と外側からかけられる鍵は、つまり王の争いに際してレダ王が負け、この居室が牢屋として作り直されたことを示している。内乱の際に壊された扉の代わりだろうことは容易に想像できる。

「何がどうしてこうなったのやら……」

「知りたい?」

 タジのつぶやきに、扉の向こうから声が聞こえた。

 扉は重たい癖に板と板の間が微妙に空いている。そのせいで隙間から暗い居室に光が漏れ入っているのだが、漏れ入ってくるのはどうやら光ばかりではないらしい。

「教えて欲しいものだね」

「ずいぶんと素直に話を聞こうとするじゃない。私が誰なのかも分からないだろうに」

「分からないはずないだろう」

 ガチャリ、と外側からかけられた鍵が外れる音がした。

 タジが身をひくと扉は開かれ、逆光の中に一人の女性の影が現れた。

「ずいぶんと久しぶりね。性格もその頭みたいに丸くなって、男前度があがったかしら?」

 女性の影は後ろ手に扉を閉めて、タジに相対した。逆光で見えなかった姿形が、薄暗い居室のなかでようやく判然とする。

「お前は姿形がずいぶんと変わったじゃないか、エダード」

 真紅の瞳は相変わらず、年頃も妙齢で美しい。しかしかつてタジが出会っていた彼女の姿とは似ても似つかなかった。

「当たり前よ。数十年、数百年と同じ地にいて年を取らない人間がいると思う?怪しまれる前に姿を変えているの」

「それはまた、ずいぶんと便利な身体で」

 便利、というよりも何でもありなのだ。エダードの権能を考えれば、何ができてもおかしくはない。彼女はこの世界を俯瞰できる高次存在と言ってよいのだから。

「全く……アンタがあの酒樽に落書きをするから」

「何だ、懐かしさがこみ上げてきたか?」

 ニヤリと笑うタジの光球頭を、エダードは両手で挟むように引っ叩いた。

「こんな頭になっても減らず口は変わらないようね。アンタ、この頭になってからずいぶんと苦労したんじゃない?」

「あいにく、なったばかりだからそんなに苦労はしてないね」

「あら、それじゃあもっと苦労させてから捕まえれば良かったかしら」

 手を離すと、エダードは部屋の中央にどっかりと座った。仕立ての良いドレス姿をしているというのに、振る舞いが大雑把なためにちぐはぐな印象を受ける。とは言ってもそういう不作法がエダードらしくもあった。

 タジも習って床に直に座った。石張りの床が尻を冷やす。

「いまさら逃がしてくれなんて言わねえよ。聞きたいことが山ほどある」

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