盗人の城 02
「ああ、やっぱり人間がいたんだな。おまけにどうやら話が通じるらしい」
独り言に頷いている。人間の形をした何かは、尻もちをついた見張りにそっと手を指し伸ばした。
「立てるか?ここがどこなのか、色々説明してくれるとありがたいんだが」
「ひっ!……ぁ」
差し出された手を弾くように、見張りは握っていた剣を何かに向けて振り上げた。
肉を切った感触に、見張りは小さく声を上げて後悔した。人間の形をした何かがその剣筋によって傷ついて、彼に襲いかからない保証はない。見張りは騎士としてそれなりに鍛錬をしてきたという自負はあるものの、それでも騎士の中ではもっとも無能だったからこの場にいるのだ。
魔獣一匹倒せない弱者。それがこの見張りだ。
そして、その見張りの目の前にいるのは、魔獣なのか人間なのかも分からない何か。人間と同じ言葉を理解し、意思もある。
それなのに、見張りには目の前の何かが人間ではないように感じる。
その感覚は、今や確信めいたものに変わった。
何かに触れた剣は、音もなくその場に留まっている。切ってしまった腕から血が出てくるかと思えばさにあらず、血の一滴も出てこないばかりか、そもそも切れてさえいない。
肉に刃は立っている。しかし刃先の丸い包丁を押しつけたように、表皮すら切れた様子がないのだ。
「ぇ……」
「ああ、刃物くらいじゃ俺の身体は傷つかない」
傷つかないにしても、もっと何か抵抗のある感触があるはずだ。
それが何もない。思わず振り上げた力の流れが、そのまま全て目の前の何かの腕らしきものに吸収されたとしか思えない。
「それで、俺の言葉は分かるよな?良かったら、ここがどこか説明してくれないか」
先ほどよりも、いくぶん語気が強くなっているように感じる。
「あの……」
「何だ?」
「あなたは……一体、何者なのでしょうか?」
質問する見張りの足はすくんでいた。
身体に力が入らず、その場から動けなくなってしまった見張りの、見張りという仕事をするために最低限しなければならないと思ったこと……それは、せめて目の前の何かがこの国にとって害成す者かどうかを判別することだった。
「ああ……名前は、ちょっと言えないんだ。ただ、危害を加えることはない。それだけは安心してくれていい」
何かの発する言葉には、確かに危害を加えるような刺々しさはなかった。ただ、その何かの持つ圧力がそうさせるのか、押しつぶされそうな力強さがあった。
「ここは、眠りの国なのか?」
「え……あ、はい」
「だと思ったよ。見たことのある印章をつけている。騎士団の一人だろう?」
「なぜ、それを……?」
何かは眠りの国も、騎士団の存在も知っている。それが見張りにとってどれだけ脅威か分からない。敵意がないことは分かっていても、人間とも魔獣ともつかない妙な存在が眠りの国について知識を持っている。
見張りは、生唾を飲み込んだ。
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