光の届かない場所 24

 滝というにはあまりに水量は多く。あえて言えば海そのものがタジに向かって落ちてくる。ミレアタンとの戦いで傷ついたタジは、その場から逃れる術がなかった。

 その水の流れが、タジの両手で抱える漆黒の正四面体と反応し、再びミレアタンになるかどうかは分からない。それでも、可能性としてある以上、タジは真上から落ちてくる水に対して、抵抗する必要がある。

 覚悟を決めろ。

 タジは念じて漆黒の正四面体を海と落水の間に向かって全力で放り投げた。落ちてくる水の量を考えれば、五体が十全に動く状態でなければ対処は難しく、投げた方向を覚えていれば取りにいける。

 一晩で山を崩すより、ずっと大変な作業だというのは分かっていた。傷ついた体でどこまでやれるかも未知数だ。

 それでも、全く何もせずに落水の水流に飲まれて海の藻屑になるよりは、可能な限り抵抗してからなりゆきに任せるべきだと思った。

 タジはそこまで考えてはいないが、ここでタジが抵抗するのを諦めてしまえば、付近の沿岸部に津波が押し寄せる。それはシシーラの村も免れるものではなく、沿岸は大災害となって、イロンディもムヌーグもただでは済まないだろう。

「いずれにせよ、やるしかねえよな」

 タジの足元には、周囲で壁と化した海水が海底からジリジリと寄せてきている。上空から蓋のように落ちてくる海水だったものと、足元からひたひたと水位が上がってくる周囲の水量に挟まれ、それが衝突する時、とてつもない力の奔流が起こる。

 それをできるだけ最小限に済ませるために、上から降ってくる海水の落とし蓋の威力を抑えなければならない。

 足をとられる前に海水から跳び上がり、タジは落ちてくる巨大な水塊に突っ込んだ。

 水塊はそれだけでシシーラの村が三つは入りそうなほどに大きい。タジはその中を縦横無尽に巡って、虫食いのように空間の力の流れを止める超能力を発揮した。

 もちろん、ただ闇雲に超能力を発揮すれば、解除したときに落水の力の向きが保存された空間が、とてつもない威力で爆発する。

 しかし、同じだけの力を後で加えてやれば力の向きは相殺されるはずだ。相殺できずとも、場所によって解除の間隔を開けつつ、少しずつ解除していくことによって、その力の総量は抑えられるだろう。

 虫食いのように力の流れを止めてしまえば、水塊はバラバラになるしかない。ひとところに集中した力ではなく、分散して力が殺がれれば、それだけ勢いは弱まる。

「まだまだァ!」

 既に水塊の下の方は海と接し、水しぶきを上げようとしている。

 極限まで時間が圧縮されたような感覚の中、タジはさらに速度を増して、力の流れを止める空間の膜を作り上げた。

 タジ自身は気づいていない。

 彼が、彼自身の得た超能力によって、時間を操作しうるだけの力を手に入れようとしているのを。

 過去に戻ったり未来を先取りしたりするような能力ではない。時間を圧縮し、物理的な障害を無視して限りなく速く動く能力。

 自発的に己を相対時間の中に埋め込む超能力。

 それが必要だからと手に入れた能力を無意識のうちに発展させるタジの様子を、誰かが眉をひそめて見つめていた。

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