光の届かない場所 04

 正確に言えば、目の前が突然暗くなった、が適切な表現だろう。

 意識が遠のいたわけではない。明るい部屋から突然明かりの極端に少ない部屋に移動させられたかのように、辺りが暗くなったのだ。

 沢を流れる水の、大岩に阻まれてパシャリとはねる音が耳に痛い。呼吸弁を口から外せば、水の流れる匂いが鼻腔をくすぐる。現状を理解するのに視界が機能しないためか、その他の器官が鋭敏になっていた。

 タジは数回まばたきをした。

 空に、繰り抜いたような月が浮かんでいるのが分かった。それと同時に、全くの暗闇だった辺りの様子が、月光に照らされてようやく見えてきた。

 場所は、先ほどまでいた沢に相違ない。駅家のような質素な建物も見えるし、辺りには黒曜石を欠いたような影のさす大岩がごろごろと転がっている。タジの脚を濡らす沢の水は先ほどまでよりいくぶんひんやりとしているように感じられたが、視覚効果によるところが大きいのかも知れない。暗い場所での水温は普段よりも低く感じられるものだ。

「どういうことだ……?」

 タジが呟くと同時に、辺りの景色はドロリと溶けるように姿形を変えていく。視界の急激な転換に思わず目を閉じると、タジは再び時間の牢獄へと戻ってきた。

 太陽が、まるで何かを探しているように日射しを強めている。

「タジー?どこにいるんねえ」

 コンの声が聞こえる。どこかへ消えたタジを探しているらしい。

 今まで繰り返してきた中で、初めての出来事だった。

 それまでコンは、タジがどこにいてもたちまち探し出して、沢へとタジを連れ戻した。全力でその場から逃れようとしたタジを回り込んで待ち伏せしたり、タジの死角から突然現れたことも、一度や二度ではない。

 何らかの力が働いて、コンはタジを見失うこともなく、また一緒に午睡をすることを運命づけられていた。

 それが今、タジが夜の世界に行ったことによって、コンはタジを見失っている。

(時間軸を移動して、戻ってきた。……この空間にいる限り、俺はコンの死角に存在することは出来ないが、時間軸を移動して戻ってきたために、まるでそこに壁ができたように、姿をくらませることができた、ってことか?)

 少ない情報を必死にかき集めて、それらしい推論を立てる。

 それが合っているかいないかは別として、コンがタジを見失っている今が好機だとタジは確信した。

 身を隠すなら、別の時間軸の中。

 どうやらこのタンクは、中の空気を吸うことで時間旅行を可能にするものと考えてよさそうだ。

(まるで、浦島太郎の玉手箱だな……)

 タジはタンクを片腕で担ぎ持って、声の聞こえた方を探る。コンの居場所さえ分かれば、彼女から……この時間の牢獄から逃げられるかもしれない。

 やってみる価値はある。

 自らを奮い立たせて、タジは動き出した。

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