光の届かない場所 03
丸を囲むように三角形が頂点を外側にして配置された絵は、太陽。
丸に内接する丸を描き、内接する部分の線が消えて三日月のようになっている絵が、月。
太陽の隣に横向きの矢印があり、バツ印、あるいは髑髏の模様。
月の横にも同じように矢印があり、二重丸、あるいは心臓の模様。
それらの示唆することが分からないタジではない。
「しかし、慎重だな……」
思わずタジは小さくつぶやいた。
このタンクを作った者は、太陽と月の意味を昼と夜だと理解している。そしてそれを相手に伝えるために、絵を記号として用いている。余計な装飾のない絵の連なり、太陽、月、矢印、髑髏、心臓。
これが文字であり、解読が必要であったならば、タジにはお手上げだった。しかし、一瞥してその内容を察することのできる描かれ方がなされている以上、そのまま素直に受け取ってしまうのがもっとも確度が高い。
タジもまた、慎重だった。
太陽は間違い、月が正解。
バツ印と二重丸、それと、髑髏模様と心臓模様。これらが二つの意味で描かれているとは考えにくい。どちらも太陽と月に関する同様の警句であると考えた方が自然だ。
現状に合致していることが、タジの推測を後押しした。太陽を信仰する宗教のある世界の中で、太陽が沈まない時間の中をタジは今生きている。牢獄の原因は太陽に関する認識であり、今はその認識を疑っていた。
太陽に見られているという感覚。
タジの妙な感覚の正体を言語化するならば、そのようになるだろう。「お天道様が見ている」などという言葉がタジのかつて住んでいた世界にはあったが、まさしくその状態なのだ。
とは言え、タンクを利用することと、太陽から姿をくらませることの二つ因果関係を誤ると、やはりそこでも大変なことになりそうだ。空気のないところに隠れて呼吸をしながら太陽をやり過ごすというのならば、穴を掘って身を隠すもよいし、水中に潜むのも有りだ。
ただ、前者を制限時間の中で難なくこなすことができるのはタジのような人間の枠からはみ出た者だけだろうし、それならばそもそも太陽に対比するように月を描く必要がない。
自然、後者の水中に潜むのが正しいのだろうが、あいにく沢はそこまで深くない。一番深いところでもタジの腿を半分ほど濡らす程度だし、川の流れが急なので水は澄んでいる。まだ大岩の転がる川岸の方が、太陽から身を潜められるだろう。
第一、このタンクがきちんと機能するのかをまだ試していない。
タジは口に呼吸弁をあてがい、適当に栓を開けた。
一瞬、わずかに鉄臭さが口いっぱいに広がって、タジは思わず目を閉じた。
(しまった……!)
そろそろ刻限かも知れない。コンが洗い物を干す時間は、タジの体内時計を信じるならば、決して一定ではない。早ければ既に洗い物を干し終えている時間である。
目をつぶると、睡魔も何も関係なく、タジは眠りについてしまう。ほとんど反応に近い作用で魔法にかかってしまうのだ。
目を開けると、グラリと眩暈がして、そのまま目の前は暗闇に閉ざされた。
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