凪いだ海、忘却の港町 44
「イロンディさんの身柄に関してはお任せください。もし、タジ様が自身を悪役にしても構わないというのであれば、私たちは全力で彼女を庇護いたします」
「そんな……ッ!?」
ムヌーグの言葉にイロンディが抵抗をみせようとするが、しかしそれはイヨトンに阻まれた。友好や従順は示せても、簡単に信頼は築けない。
「ああ、そうしてくれ。俺は別に誰から恨まれようが構わん。どう恨まれようが、俺を打ち負かす者は現れないからな」
タジが片眉を上げておどけてみせた。
「それで、タジ様はこれからどうなさるおつもりですか?」
長い対峙に剣を持つ腕が疲れてきたのか、ムヌーグはその剣をもう片方の腕に持ち替えた。カチャリ、と鍔の鳴る音がする。
何かの符丁だろうか。タジは考えるものの、何かしらの符丁がタジを決定的に不利な状況に置くことはないように思われた。ムヌーグがイロンディの身の安全を保障する以上、それは間違いなく果たされるだろうし、そこを反故にしてしまってはそもそもこの話し合いが意味をなさない。
「眠りの国を離れることになるだろうな。シシーラの村に行って、状況を見る。それから舟を借りるなりして、海竜ミレアタンと話をしようと思う」
「……なぜですか?」
「……なぜ?」
ムヌーグの質問の意味が、タジには分からなかった。
「眠りの国から排斥させられてなお、この国に利するような行為をとる必要は無いはずです。それこそ他の国へ行ってその国の力になるなり、あるいは力を隠して市井の一人として過ごすなりすれば良いのではありませんか?それを何ゆえわざわざ海竜ミレアタンと交渉する道を?」
ああ、そうだ。
タジはそこでようやく、タジ自身の目的に気づいた。
海竜も、シシーラの村の調査も、全ては口実だったのだ。
「ムヌーグは、海の向こうを知っているか?」
質問に質問で返すのを良しとしないことを知りつつも、タジは問わずにはいられなかった。
質問で返されて、狼狽えたのはムヌーグである。
「海の……向こう?」
「ああ。……もしかして、考えもしなかったか?」
剣をもったまま、ムヌーグは彫像のように動かなくなった。
「海の向こうに何かがあると、タジ様は信じているのですね」
「そういうことだ」
つまり、彼女たちには、海の向こうに何かがあるという考えがないということだ。
「海竜ミレアタンが存在しているのは、きっと、海の向こうにある何かに目を向けさせないようにするためだ。絶大な力を持つ魔獣の存在が、そこで想像を止めている」
眠りの国は、海竜の存在によって海に関する想像をそれ以上広げることができなくなっている。
銀貨は、ほとんど唯一の綻びだったのだ。
「海の向こうを俺は想像したい。そのためには、魔獣が邪魔だ」
「なぜ、海の向こうを想像したいのですか」
その質問に答えたのは、タジではなかった。
「そんなの、その先を見たいからに決まっているじゃないですか!」
地図師のイロンディが、目を輝かせていた。
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