凪いだ海、忘却の港町 12
そう言って、イロンディは一枚の銀貨を机の上に置いた。
何の変哲もない銀貨は、確かに眠りの国を象徴する文様とは別の竜らしき生き物が着想として刻印されている。
「つまり、この刻印を銀貨に施した国がどこかに存在するはずだ、と」
「はい」
「しかしイロンディの調査した範囲には、その国は全く見当たらない」
「その通りです」
「それは確かにおかしい」
イロンディは、優秀な地図師だ。
眠りの国の上流階級出身だというケムクに、木札を持つ地図師について何か知っていることはあるかと問うと「木札を渡される地図師というのは、常に身分の証明が必要となるほどに重要な仕事を任された方です。それこそ年単位でとある場所の密命をこなすほどには」と答えた。
国に認められるほどに優秀な人物が、調査を疎かにするはずがない。
「だとしたら……」
現状の情報から推察されることは限られており、それは当然イロンディも思い当たることばかりだった。
「一つ、その銀貨は眠りの国とは別の国のもので、よほど遠い場所にある」
「一番自然で妥当な考えだか、それほどの遠隔地と頻繁に取引をするくらいなら眠りの国の交易を重視した方がいいだろうな」
「一つ、その銀貨は眠りの国とは別の国のもので、かつその国の港町は滅んだ」
「滅んだというのなら廃墟があってしかるべきだが、それを見つけられないイロンディじゃあないだろう?」
「一つ、その銀貨はかつて眠りの国で流通されていたものである」
「それに関しては実際に聞いてみないと分からないことだな。刻印された着想が竜だというのがどうにも胡散臭いが」
「その上、漁具の材料が眠りの国のそれと異なっていることが説明できません」
一言付け加えて、さらに予想を羅列する。
「一つ、私にまだ行っていない土地がある」
「その線はどうなんだ?どうしてもイロンディには見つけられない場所に港町が存在するとか」
その言葉を待ってましたとばかりに、イロンディは背嚢から一枚の丸めた羊皮紙を取り出した。机の上に広げられたそれには、眠りの国、ポケノの山から続いてシシーラの漁村に至り、そこで二年を費やして書き上げた立派な地図があった。
「なるほど。調査していない土地はない、と」
イロンディは大きく頷いた。それは彼女自身の仕事に対する矜持である。
「先ほど羅列した推察ですが、もっとも最初に確認すべきは、村人に銀貨の取引先を聞くことでした」
「確かに、それが聞き出せれば何も問題はないな。案内してもらえば良いだけの話だ」
ただ、現状を考えればそれが空振りに終わったことくらいタジでも分かった。
「正確には、誰一人としてその銀貨の出所を覚えていなかったのです。ほとんどの村人が、それを眠りの国の銀貨だと思っているほどでした」
「それじゃあ、眠りの国の銀貨なんじゃあないか?」
「とりあえずは、それを確かめるしかありません」
イロンディの言葉に納得すると、タジは翌日には眠りの国へ行こうと提案した。イロンディも善は急げとその提案に乗り、早めに眠ることにした。
幸い、この大きな天幕には寝床が二つある。
「ちゃんとした寝床があるのは、久々です」
言うが早いかイロンディは眠りについた。長い間の逗留生活は気の休まる時間もなかったのだろう。
タジも早くに眠ることにした。
ぐっすりと眠る二人の天幕の外で、いつ見張りの任務は終わるのだろうと、ケムクが大きいあくびを一つしているのだった。
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