【番外編】温泉好きの竜 27

 魔力の力場は、魔獣にとって楽して個体の強化が図れる場所である。その場にいるだけで力が満ち、強靭な肉体を手に入れることも特異な能力を手に入れることも思いのまま。

 二人の目の前にいる巨大なカメレオンはそう言う意味で「僕の考えた最強の生物」とでも形容するような、ごった煮を思わせる様相であった。

 ギョロリと光る両目が、タジを捉える。

「キュオオオオ!!!」

 布か何かを引き裂くような甲高い声を上げて、カメレオンは湯から立ち上がったタジに向かって舌を伸ばした。先端の丸い舌は、カメレオンとして生きていた時の、粘着して餌を捕らえるための名残だろう。

 タジは一瞬迷ったが、結局その舌を捕まえることにした。

 先端ではなく、腕に例えて言えば手首の部分をぐいと握ると、先端からカメレオンのよだれが滴って、温泉の中に落ちた。

「キャッ、汚いわね」

 戦闘の傍らでくつろいでいるエリスが、わざとらしい声を上げた。

 よだれは温泉の中でたちまち一粒の石に変化した。タジの握る舌の部分も当然そのよだれはついているはずだが、手の表面に石化の気配は無い。

「キュオオオオ!!!」

「これだけ舌が伸びているのに鳴くのか」

「関係ないでしょ」

 魔獣は舌に力を込めてタジを温泉から引き抜いた。もちろん、抵抗しようと思えばタジにはいくらでも抵抗できた。それをせず、蠍とカメレオンの混合魔獣の思うがままにさせたのは、何だかんだでタジ自身も温泉をこれ以上汚されたくなかったからだ。

「しかし全裸はどうなのよ」

 服を着ずに魔獣と対峙すると、何も着ていないという状態に座りの悪さを感じる。せめて下半身だけでも着ておきたいという気持ちは拭えなかった。

「あら、別にいいじゃない。アンタいい身体しているんだし、肉体美ってヤツよ」

「そんな古代の運動会じゃあないんだぞ」

 男性の肉体美を神に献上する催し物がかつてあったらしいが、あいにくタジはそこまで詳しくはないし、例え知っていたところで自分の全裸体を誰かに見せて楽しませようなんて言う趣味は毛頭ない。

 しかし相手はこちらの着替えの為の言い分なぞ聞いてはくれない。タジが着替えをしようと思うよりも早く、外骨格で守られた尻尾をタジに向かって振り下ろした。

「うおっ!?」

 舌を離して避けようと思ったら手が離れず、タジはその一瞬の隙を突かれて振り下ろされた尻尾の先端についていた毒針を刺しこまれてしまう。

 見た目通りの毒針は、どうやらこちらが本命だったらしい。刺された個所にわずかな痛みを感じると、その痛みは石化によって生じたものだった。

 刺された部分から注入された石化毒は、タジの肉体をゆるやかな速度で放射状に固めていく。

「ヤバイヤバイ!」

「とか言って、アンタちょっと石化する自分を楽しんでるでしょ」

 戦闘から背を向けてのんびりと入浴するエリスは、呆れたとばかりにつぶやいた。

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