荒野に虹を 83
統一の意思をもつ獣のような集団。
ラウジャが先陣をきって歩み来る姿に、タジは強い意志を感じずにはいられなかった。
「タジ殿」
ラウジャの顔つきには、強い決意が見えた。
投げ出さず、逃げ出さず、しかし決して命を粗末にせず、チスイの荒野を守りとおすために戦う。
「いい顔をしている。俺なんかよりもよっぽど、な」
「我々に、味方してくれますか」
ラウジャの後ろに居並ぶ騎士たちの精悍な顔が、タジをジッと見つめていた。
誰一人として、この地を諦めていなかった。ともすれば、魔獣を残らず駆逐してやろうという気概さえ感じられる。
どこにそれだけの士気が残っていたのか。士気のある人間をラウジャがどうやって集めたのか、それを今問うても仕方ないことだ。現にこの場に居並ぶ者に、魔獣からおめおめと逃げ出そうなどという弱腰はいない。
ラウジャは、助けて欲しいとも、手伝って欲しいとも言わなかった。欲さず、ただ傍らに立つことを求める。
タジは両手を腰に当てて言った。
「当たり前だろ。俺がお前に味方しなかったことがあったか?」
ラウジャは一瞬顔を緩ませた。
「よろしくお願いします」
それだけ言うと、中隊はタジらの横を通って、稜線いっぱいの魔物に対峙する。魔物の奥にある積乱雲は、今にも戦場に襲いかかり雨を降らさんとしていた。
「こりゃあ、俺の出番はないかもしれないな」
「ラウジャは、よい面構えをしていましたね」
イヨトンの言葉にタジは大きく頷いた。時間を稼ぐための防衛戦は、ほとんどの場合、陣地に引きこもっていれば勝てる。しかし陣地に十分な戦力がなければ、打って出て相手の出鼻をくじくのが効果的だ。
果たして魔獣にそのような頭があれば、の話ではあるが。
「組織だって襲いかかって来なかった場合は?」
「イヨトン、それこそ無駄な考えってもんだ。相手はわざわざ稜線で威嚇行動を行なっている。だとすれば、多少の統率がとれていると考えて良いだろう」
中隊が一群となって稜線へと突き進む。野牛の群れのような圧力で突き進む一群を迎え撃つのは、中隊の前にいた魔獣だった。
「それとは別に、本能的に雨を嫌う魔獣を統率する側の魔獣が、どれだけ知能があるのか、ということだ」
「というと?」
中隊と魔獣は互いに方錐形になって激突した。ラウジャの抜いた剣が、蠍形魔獣の顔に突き刺さる。横に払って死体を放り投げると、襲いかかってくる昆虫型の魔獣に次々と剣を振り下ろしていった。
ラウジャの引き連れる中隊は稜線の中央を分断した。敵陣中で旋回すると、方陣の別箇所を背後から攻撃して戻ってきた。
騎馬隊の動きである。
本来なら馬があって初めて可能な、敵陣を針で縫うような旋回の仕方を、ラウジャを中心とする一群は士気だけでやってのけたのだ。
「わざわざ雨中に身を晒すような真似をしなくとも、隠れていればいいだろう?それができない理由は何だ?」
「……雨を嫌う魔獣の留飲を下げるため?」
魔獣の戦列に動揺が走ることがあるだろうか。
例えば、指揮をするはずのものがどこかに消えていなくなり、目の前には敵対する人間が、十分な士気を持って襲いかかってくる。
「そして、八つ当たりで襲うはずの人間は、反対に士気高くして襲いかかってくる」
魔獣は動けないでいた。
ラウジャたちは、出鼻をくじくことに成功したのだ。
もともと、意義のない戦いだったのだ。何か人間が変なことをしたために、自分たちに不利益がふりかかった。立腹をおさえるために人間を襲いたい。それ以上の理由がない魔獣側に対して、人間側はまさしく生き残りをかけた戦いだったのだ。
窮鼠猫を噛む。
「勝ちだ。雨がくる」
風が吹いた。
雲が猛然と流れていく。遠雷が響き、積乱雲が急速に近づいてきた。
ボタリ、ボタリ、と大粒の雨が乾いた荒野に滴って、砂煙を上げる。
数分もたたず、空から桶をひっくり返したような雨が降ってきた。
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