荒野に虹を 28
「太陽とは完璧なものです。完璧なものから生まれたとされる太陽の御使いもまた、完璧でなければならない」
「完璧っていうのが何なのかは分からないが、体に黒いアザがあるくらいで完璧が損なわれると言うのなら、太陽にだって黒点があるだろう」
タジの言い分に耳も傾けず、ムヌーグは小瓶の液体をアザへと垂らした。
液体はアザへと染み込んでいき、油膜をはがす界面活性剤のように内部から黒色を持ち上げていく。持ち上げられた黒色は液体と共に肌を伝い、徐々にその濃度を濃くして、指先から銀の手桶へと滴っていく。小瓶に入っていた透明な液体は完全に消えて、銀の手桶には影よりもなお黒い液体が、正四面体の形で転がっている。また、タジの手にあったアザは完全に消えていた。
ムヌーグが小瓶に入れていた液体の正体は、禊の泉から汲んできた、言わば聖水であった。何かあった時のために、とお守りのつもりで持ってきたとムヌーグは言ったが、お守りの使用が早すぎると、タジへの小言も漏れなくついてきた。
「怪我をした人間は、人の期待を負って立つ救世主にはなれません。大切なのは説得力です。王に威厳を求めるように、人々は救世主に世界を変える力を求めます。そして、見た目に痛々しい傷は人々の求める力に対する説得力を失わせます」
「見た目が大切って話か?」
ムヌーグが銀の手桶をタジに渡した。中に入っている正四面体は、既に液体ではなかった。手桶を揺するとカラコロと乾いた高音を立てて転がる。金属かガラスを思わせる音だ。
「太陽の御使いという手札を正しく扱え、という話です」
タジの身体に黒いアザが残っている状態は、決してこちらだけが優位に立つことのできる手札ではない。相手方がタジの手に現れたアザが何によってつけられたのかを調べてしまえば、その手札はより早く衆目に周知した方が有利になる手札となる。
こちら側が有利になる切り方をすれば、反逆者の存在を喧伝することができるだろう。一方で、相手側が有利になる切り方をすれば、タジの太陽の御使いという存在の意味を低減せしめる。
「切り方を一歩間違えればたちまち使えなくなるような手札を持っておく必要はありません」
「なるほど、一理ある」
タジはやや逡巡し、それから銀の手桶に入っているその漆黒の正四面体をつまみ上げた。
「タジ様!?」
驚いたのはイヨトンだ。
言わばそれは魔瘴の結晶である。しかし、これほどまでに禍々しく、暗黒を内包した物質を、イヨトンは見たことがなかった。もちろんムヌーグも同様である。
「タジ様は、この物体を見たことがあるのですか?」
「ムヌーグはまたかまかけか?まあいい、これはイヨトンも見たことがあったはずだが、覚えていないか?」
二人が見ると、イヨトンは顔に驚きと困惑を浮かべていた。
「まあ、あの時はそれが何なのかは全然分からなかったが、改めて触れてみて、何となく分かってきたよ」
ニエの村で、大きさは違えどもこれと同じようなものをタジは禊の泉に作られた祠の地中深くに埋めてきた。
「これは、魔瘴の悪意の方の結晶だ」
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