祈りの歌姫と紅き竜 42

 踊り疲れた、という様子でエダードが戻ってくる。肩で息をする彼女は、今にも膝からくずおれそうな様子だ。後ろで自らの羽を繕う紅き竜が大人しくしているのを確認したタジは、エダードに駆け寄って手をさし伸ばす。

 エダードは伸ばされた腕にもたれかかるようにして、それから息も絶え絶えに言った。

「私に与えられたのは、紅き竜をこの世界に作りだす力」

 衰弱、という言葉そのものだった。

 何をすればこれほど衰弱するのだろうかと思いを巡らせたときに、タジの頭に浮かんだのは、出産の二文字だった。

 命の営みとしての出産を、タジは実際に見たことがない。犬猫などの動物もないし、当然、人間が出産する場面に立ち会うこともなかった。だから、自分の脳裡に浮かんだ出産という言葉が現実味のないものとしてしか捉えられない。しかし、タジの腕の中で今にも気を失ってしまうのではないかと思うほどの彼女の姿を形容するには、それ以外の言葉をもたなかった。

「出産みたいな疲れ方だな」

 その言葉を言うべきか迷ったものの、ついに言うことにした。その言葉以外にエダードの衰弱の様子を伝えられなかったからだ。

「そりゃあそうよ。何物だろうと、生み出そうとするのは大変なのよ。大きな苦労をして、ようやく生まれる。アタシにとって、この子はまさしく我が子なの」

 もう、足の力もおぼつかなかった。タジはエダードの体を支えながら、そっと体を横たわらせた。タジが拳圧で傷つけたときの回復力が今のエダードにはない。いや、あの回復力があるからこそ、こうしてエダードは瀕死で済んでいるのかも知れない。

 炎の渦で出来た殻を破って出てきた紅き竜は、タジがかき消した幻と遜色のない大きさを誇る。タジは紅き竜にゆっくりと近づくと、その体にそっと触れてみた。

 柔らかく、色の薄い腹の部分。熱のこもった鱗は、幻のそれとは違って堅く、そして息づいている。長い首をうごかしてタジに向かって顔を近づける紅き竜は、まるで鼻先を撫でて欲しいかのようにタジに近づけた。

「……撫でて欲しいのか?」

 確認の言葉が紅き竜に届くかどうかは分からない。しかし、言わずにはいられず、それと同じくらい、その鼻先を触らずにはいられなかった。

 タジがおそるおそる紅き竜の鼻先に触れる。腹よりもずっと熱く、長く触れていると火傷しそうなほど。しかし撫でられている紅き竜の、目を細めて気持ちよさそうにしている顔を見ると、なぜかタジは火傷のことを忘れてずっと触れてしたい気持ちになるのだった。

 ついさっきまで目の敵にしていた竜に、なぜか愛おしさを感じる。なぜだろうか。魔瘴を受けていないから?まだこの紅き竜が何者をも殺していない純潔だから?

「生き物の最初の形は、純粋なのよ」

 弱々しい声で、エダードはタジに向かって話した。

 鼻先を撫でるのを止めて、タジはエダードの隣に戻り、座る。その動作に続くようにして、エダードの頭が二人の方に伸びてきた。

「ふふ、アタシの子なのに素直で可愛い」

「まるでエダード自身は素直じゃないとでも言いたげだな」

 エダードの自己評価を茶化すと、エダードは弱々しく微笑んだ。

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