祈りの歌姫と紅き竜 36
「回りくどいのはあまり得意じゃなくてね」
周囲を見渡しながら言うタジに、エダードはにべもなく返す。
「歌姫なら、ここにはいないわよ」
「そうなのか?だったらここに来た意味はないんだが」
そうは言っても、紅き竜が歌姫をさらったのだから、紅き竜がその居場所を知っているのは確かだ。もしエダードが意地でも教えないと言うのであれば、何かしらの策を講じて歌姫の居場所を聞き出さなければならなくなる。
「なぜここにいないのかを聞かないの?」
「なぜここにいない?」
羽を繕うエダードは、洞穴の壁に生えた発光する苔を調べるタジへ大儀そうに顔を向ける。
「歌姫は私の作った虚像。戦線が膠着するとあまりに暇になるものだから、時々ああして人間をコピーしたものを作って遊んでいるのよ」
エダードの告げる事実にタジは驚いた。
想定外の言葉だった。しかし、その事実はタジの中にある一つの疑問に対して明快な答えになり得た。
なぜ歌姫は、何の抵抗もせずに紅き竜に連れ去られたのか。
人間側に与し、戦いを激化させた結果、双方に被害を与え続けることに倦んだのか。その仮定を採るのであれば、紅き竜の説得以前から歌姫が自らの力に疑問をもっていなければならない。少なくとも、歌姫が戦場で人間側を補助することに抵抗していたという話をタジは聞いていない。
では、紅き竜が歌姫を洗脳したのか。
「アタシにはマインドコントロールなんてできないわ」
紅き竜本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
「敵側の説明をずいぶん簡単に信じるのね」
「自分から結論を言うのだから、信用されるためには真実を言うだろう、と思っただけだ」
「頭が良いのかお人好しなのか分からないワ」
エダードの表情は豊かだった。竜の姿を象っているにも関わらず、その顔はまるで眉をあげて感心しているようである。
もう一つの問題としては、歌姫の行動が人間側にとって決してよい結果ばかりをもたらしてはいないこと、むしろ歌姫の登場によって人間側は結果的に窮地に立たされてしまっていた、という事実だ。
これがエダードの遊びだった、というのならば全てに合点がつく。紅き竜が暇に飽かして歌姫を作りだし、人間と魔獣の争いを激化させる。
実際の人間を使ったままごと。あるいは人形遊び。あまりに無邪気で、あまりに残酷な所業である。
「その話が本当だとしたら、俺はここで紅き竜を討伐するしかないだろうな」
「あら、どうしてかしら?」
「歌姫がアンタの人形で、紅き竜はそれを使って遊んでいた、というのをどうやって説明する?」
「さァ?説明しようがないんじゃない?」
チスイの荒野に存在していた歌姫が、実は存在していなかった。非存在を説明することは、その存在を信じている者にはどう説明しようとも信じさせるのは難しい。黒いカラスしかいない森で白いカラスを見つけるようなものだ。
「だって、あなたは祈りの歌姫を見たことがないのだから」
紅き竜が言う。
「当たり前だ。祈りの歌姫が紅き竜に攫われた……」
そこでタジは気づく。
「残念ね、祈りの歌姫の存在を信じている人がこの世界の人間だけだったなんて」
「おいおい、またそういうオチかよ」
タジが歌姫の存在を信じているのは、歌姫が存在しているという人たちがいたからだ。しかし、タジ自身は歌姫の姿を見てもいない。人づてに話を聞いて、理解したような気になっていただけだ。
「歌姫は……存在しないのか?」
「フフフ、あなたはお人好しなのネ。……歌姫は存在するわ。皆の心の中にね」
「それこそ煙に巻いた発言だ。実際に存在を確認しなければその言葉を信用できるはずがないだろう。俺をそう誘導したのはエダード、アンタ自身だ」
「だから、存在するのよ」
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