祈りの歌姫と紅き竜 33

 ここからはそう遠くはないが、直線距離で進むのならば魔獣側の前線基地を横切らなければならないような危険な場所である。

「荒野はここから崖になっています。崖の高さはそれほどではなく、洞窟が一つ、そこに紅き竜が入った痕跡がありました。その奥に入るにはさすがに準備が足りず、取り急ぎ戻ってきたところです」

 イヨトン自身は、自分の技術を信じて自身の役目を果たした、という所なのだろうが、タジはどうしても歯噛みしてしまう。一歩間違えれば、魔獣側に気づかれて殺されてしまう可能性が十分にあった。

 イヨトンが他の騎士に比べて戦闘力で劣っているのをタジは知っている。技術を過信しているわけではないだろうが、技術に絶対はない。

 伝えたい気持ちはあったが、今はそれを咎めても詮無いことだ。おしこらえて、今は彼女の技術によって獲得した情報を確認するしかない。

「歌姫はここにいると?」

 タジが人差し指でイヨトンの書いた丸印を叩く。

「紅き竜がそこを棲み処としているのであれば、そこに歌姫がいると見て間違いないかと」

 魔獣には縄張り意識の延長で獲得した所有の概念がある。

 所有者が強ければ強いほど、所有者から何かを奪おうという意思を持ちにくいというのは人間側の精神性と大差なく、紅き竜が獲得したものには、紅き竜が所有を放棄したり、よほどのことがない限り、それを奪おうという者は現れない。棲み処に関しても同様で、崖の洞窟が紅き竜のものと紅き竜自身が宣言してしまえば、それをおいそれと奪うなどということはまずできない。

 それをすれば、自身の命を奪われることが目に見えているのだから。

「少なくとも、エダードは俺を謀ることは無い」

「なぜそのようなことが言えるのですか?」

「説明すると面倒だから信じなくていいが、俺はエダードと会話を楽しんだ」

 テーブルを囲む他三人に視線を向けると、それぞれが曖昧に頷いてみせるのみだった。思わず生返事で返してしまいそうになるところを、タジが続けて話す。

「エダードは俺に、棲み処まで来るように言ったよ。おそらくエダードはイヨトンが尾いてきていることを知っていたのだろうな」

「なぜそのようなことが言えるのです」

「エダードがその気になればこの程度の距離は一瞬で飛べるはずだ。チスイの荒野にいる魔獣の中でもガルドと同じようにとびきりなんだろう?そんな奴がイヨトンの駆け足で追いつけるような速度で飛ぶと思うか?」

 エダードは、わざと見つかるように飛んでいたのだ。

 技術によって容易に尾行するイヨトンが見失わない程度に、不自然にならないよう棲み処である洞窟まで飛んだ。

 タジが来られるように。

「なかなか愉快な奴じゃないか。招待されてやろうって気にさせてくれる」

「救出は遊びではありませんよ」

 自分の技術が完璧ではなかったことを指摘されたようで、不満顔のイヨトンがタジの頬を軽くつねった。

「分かってるって。ちょっと遊びに行ってくるか」

「だから遊びではありません、って」

「タッ、タジ殿、少しお待ちください」

 天幕から出て行こうとするタジに待ったをかけたのは、ビジテだった。

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