【番外編】川のぬしづかみ 22

「僕が研究者に、ですか?」

 母ではなく自分が村長に呼ばれたことに一抹の不安を覚えていたクレイは、村長宅で出会った一人の柔和そうな研究者と村長とを前にして、若干の緊張をもって話を聞いた。

「君がこの調査を行ったと聞いたのですが。まさかこんなに小さな子がここまで詳細で綿密な調査をするとは……いえ、研究に年齢は不問の話でしたな」

「あの……」

「クレイちゃん、あなたは認められたちゃんよ」

「認められた……?」

 まだ事態が飲み込めていない、という様子のクレイに、アエリが噛み砕いて説明する。クレイの調査が研究者のこれからの調査に非常に役に立つということ、その行動力と観察力は並みの人間では得難いものであること、クレイさえよければ研究者の傍らで助手として研究に携わり、魔獣研究の発展に寄与してほしいという気持ちが研究者にはあるということ……。

「でも、それってこの村を離れるということですよね」

 アエリの易しい説明は、クレイにいくらかの平常心を与えた。それが考える機会となり、ようやく自分の考えがまとまるようになると、クレイはその提案がどのような事態をもたらすかを口にした。

「確かに、この村を離れて……あるいは村だけでなく眠りの国の権力を離れて遠い地の魔獣の痕跡を研究することもあるかも知れません。しかし」

「それなら、僕は研究者にはなりません」

「どうしてちゃん?」

 先に問うたのはアエリだった。

「うーん……友達と遊べなくなるのは嫌だな、って。ノンナは俺のことをずっと仕事もまともに出来ない奴って馬鹿にしてるから、いつか見返したいって思ってるし、イメルナにはまだ魚の美味い焼き方を教えてもらってない。ギギエンとは負けっぱなしだからいつか勝ちたいって思ってるし、エッセに計算を教えてもらう約束もまだ途中なんだ。だから、研究者になって遠くに行かなくっちゃいけないのは嫌」

「ですが、それは子どものすることですよ。君は研究者になるための……こういう言い方は俗ですが、才能があります。簡単に身につくものではないような、探求の心を持っています。それを世の中のために生かそうとは思いませんか?」

「難しいことは分かんないや。俺は俺が楽しくってぬしを研究しただけだから、それが誰かの役に立ってくれるのは嬉しいけれど、それだけかな、って」

「それに、今すぐ決めることでもないちゃんね」

「そう!村長の言う通りだと俺は思うんだ」

「……そうですか。強い鋼は叩かれて作られるという言葉もありますが、本人がそのように考えているのでしたら、これ以上強くは申しますまい。ただし、先に言っておきますが、後からやっぱり研究者になりたい、と言ってその場に席があるかどうかは分かりませんからね?」

 それはそれとして、研究者はクレイに事前調査の礼を言ってぬしの保護されている村はずれへと向かって行った。

「それで、本当のところはどうなのちゃん?」

 見送ってしばらくして、二人きりになったところでアエリはクレイに向かってそんな質問をする。

「本当のところ、っていうのは俺には分からないですけど」

「……お母さんと離れるのが嫌だったんじゃないちゃん?」

 アエリは、クレイを子どもと見くびって茶化している訳ではなかった。それは当然クレイも気づいている。もっとも、気づいている理由は、タジが村を旅立つ前にクレイと話をしていたからだ。

「俺がいなくなると、母ちゃんが一人になっちゃうからなー」

 クレイの父親は、騎士団に入っていて眠りの国にいる。そして今またクレイも研究者の端くれとなって村を出ていってしまえば、クレイの母親は、その場に一人残されることになってしまう。

「あーあ、父ちゃんがムヌーグ様の配下だったら戻って来てて、俺は研究者になってたのかなー」

 言葉は後悔を意味しているのに、表情や声色は真逆だった。

「クレイちゃん、ちょっとタジちゃんに似たちゃんね」

「えっ、あの暇人と似るのは嫌だなー」

 クレイの言葉に、アエリは大口を開けて笑うのであった。

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