【番外編】川のぬしづかみ 20
その後、タジが近くに潜む魔獣をあらかた倒して戻ってくると、ゲベントニスと川のぬしとは、互いに息咳きながらにらみ合いの膠着状態が続いていた。ぬしの方は体のあちこちに生傷が出来ており、三本の足は不自然に動いている。やや震えているようで、それはタジに気づいたからなのか、それとも体がすでに言うことをきかなくなっているからかはタジでは判別がつきにくかった。
ゲベントニスの方はといえば、まだ幾許かの余裕があるように見える。脱ぎ捨てられた甲冑の面はぬしに踏みつぶされたのだろうか、地面に半分埋まるようにしてひしゃげており、全身鎧も一部が脱げている。特に消耗が激しいのは両腕と右脇腹で、おそらくぬしを何度も投げ飛ばす際に擦り減ってしまったのだろう。肩の辺りの金属が不自然に溶けているのは、ぬしの用いる毒か何かの影響か。
いずれにしても、苦戦をしているのは確かだった。
「おいおい、ミミズと同じならそんなに苦戦しないだろ」
「ハァ……ハァ……殺さない、ように、手加減する、のォ、が、大変、なのです、よッ!」
肩で呼吸をしながらゲベントニスが訴えるように説明する。説明の途中で突進する川のぬしを、いなし、脇に抱え、投げる。持ち上げるだけの体力は既に無いようで、投げる方向はぬしが突進する方向に自分の力を加える程度のものだ。しかしぬしの方も満身創痍、己の力に加えられたゲベントニスの力で簡単に重心は崩れ、横回転しながら仰向けになってしまう。
「俺は手助け出来ないぞ。指一本でも攻撃したらぬしがはじけ飛びそうだ」
「大丈夫ですッ!もうこれで終わりましょう!」
タジが戻ってくるのを見計らっていたかのように、仰向けになるぬしに駆け寄った。途中、地面から甲冑の面を拾い上げて、ぬしの腹に馬乗りになる。ぬしには既に抵抗する力もないようだった。
「殺すなよー」
「無論です!」
面の中に両手を突っ込んで大きく振り上げ、そのままぬしへと振り下ろす。人間でいえば喉の辺りだろうか、くぐもった鳴き声と、水っぽい何かが打ちつけられた音、尻尾や足がバタバタと周りのものを叩きつける音がわずかに聞こえて、それ以上ぬしは動かなくなった。
「……本当に殺してないんだよな?」
まるで刑事ドラマの強盗犯のようなセリフだと思いつつ、それでもタジは確認せずにはいられなかった。そのくらい、ゲベントニスの最後の一撃は致命的だった。
「霧散しなければ生きているということでしょう」
ゲベントニス自身も半信半疑、と言った様子。ただし、勝算はあった。何合かの手合わせによってぬしの強度は確認していたし、その強度を加味したうえで、立ち上がれない程度の一撃を加えた。
果たして、ぬしは霧散せず、生きた状態で無力化させることに成功した。
「なんとか、なりましたな」
「おう、お手柄だな、ゲベントニス」
「ははは、なんのこれしき」
甲冑のなくなった腕で力こぶを披露しようとしたゲベントニスは、ぬしにまたがったまま、気絶するように倒れた。
「お疲れさま、だな。さて、このぬしはどうしたものかね……回復したら厄介だが」
「タジ様、お疲れさまでした」
「うおっ!?ってイヨトンか、ビックリさせるなよ」
何もないところから不意に現れたイヨトンは、ぬしと、ぬしに添い寝をするように倒れているゲベントニスとを見て、口元を隠した。
「笑うなよ」
「笑っ、笑ってな、ぶふっ……」
「それで、何をしに来たんだ?まさかゲベントニスを笑いに来ただけではないだろう?」
「当然です。魔獣を継続的に無力化する際に有用なものを持ってきましたので、それを使って捕獲状態にしてしまいましょう。それから、人体に有毒なものに関しては、研究者が困らないよう事前に処置が必要になります」
「要するに、後始末と前準備をしに来た、と」
「その通りです。これでも急いで来たのですよ。別件の仕事よりも優先すべきことがある、って言われまして」
「ご苦労様、それじゃあよろしく頼むわ」
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