狼の尻尾亭 25

「そろそろ祭りも終わりになりそうちゃんね。本当はタジちゃんを村の英雄として祭り上げたかったちゃんだけど、それも失敗ちゃん」

「トーイに礼を言われたときに思ったことだが、俺は感謝をされたいからガルドを倒した訳じゃねぇよ」

 英雄という言葉にどこか上滑りしたものを感じて、タジは答えた。

「俺は、俺ができそうなことをやるってだけで、目の前に困っている人がいたら俺のできる限りで助けたい、ただそう思っているだけだ」

「そのできる限りが他の人より大きい人を、私たちは英雄と言うのですよ、タジ様」

「お前たち騎士団だって、同じことだろう?」

 椅子の背もたれに体を預け、両腕を後頭部で組む。そんなタジの姿を頬杖をついてムヌーグが見つめていた。

「さぁ?きっと誰もが、世の中をできる限り自分の望む世界にしたいと思っていますよ。それが他の人にとってどのような世界かを思いやるのは……人それぞれです」

「アエリ……村長だって、別に誰かを不幸にしたくて憎まれ役をかっていたわけでもないだろうし」

「当然ちゃんね。やり方ちゃんは間違っていたけれど、私のできる限りは、それしかなかったちゃんだったから……」

「みんなできる限りで……ん?」

 グラスに注がれたワインを傾けようとして、ふとタジの動きが止まった。

「ムヌーグたちなら、ガルドを倒せたんじゃないのか?というか、何で祝福のことを知っている?」

「戦って勝てなかったから知っているのですよ。ガルドの強大な暴力は、騎士団の一個中隊程度では歯が立たず、また眠りの国は現在別方面でも戦の最中にあります。これでも結構無理を言って私たちはここに来たのです」

 その結果ワインをしたたか飲んで酩酊していれば訳はない、とタジが突っ込もうか悩んでいると、ムヌーグは真剣な顔をして続けた。

「ガルドの個としての暴力は相当なものでしたが、奴は人の言葉を理解することもできました。別のところでの戦火が収まるまでの苦肉の策として交渉が用いられ、その結果ニエの村が犠牲になったのです」

「それをタジちゃんが終わらせたちゃん。強大な個の力を失ってこの一帯は無法地帯ちゃんになった。ガルドの力が一帯に霧消したのだと考えられるちゃんね。村を襲う魔獣や動物ちゃんは増えたけれど、個々の力が弱くなった結果、対処にあてられる人が以前よりも増えちゃんよ。そこで知己のムヌーグちゃんに無理を言って、一帯の警備を任せようって話ちゃんになった、ってこと」

 タジの知らなかった事実が矢継ぎ早に展開されていく。

「いやいやいや、いきなり色々言われても頭混乱するから。俺はあんたらみたいにあんまり頭良くできてないの」

「そうね、結構話込んでしまったちゃんね」

「そんなに難しいことを言っているわけではないのですが……」

「あのなぁ、俺はこの世界について知らないことばかりなんだよ。今の話を聞いても、眠りの国ってのは色んな方向から敵に攻められているってくらいしか分かんないわ。何?敵ってのはもしかして全部神なのか?」

「神そのものではありませんが」

 タジは思わず自分の頭を拳で小突いた。

 この世界には、人と人ならざる者とが絶賛戦争中なのだ。

「我々を、助けていただけますか?」

 ムヌーグの問いは相変わらず周到だった。できる限り助けたい、と言ったタジの言葉を受けてあえてそういう言葉を使う。直前の言葉さえ自分の意思とは別に言わされたのではないかと思ってしまうような交渉術だ。

「できる限りのことは、する……」

「それでこそ、我々が来た甲斐があるというものです」

「甲斐?」

「ごめんね、タジちゃん。実はもう交渉の条件にタジちゃんを乗せちゃってちゃん」

「はああ!?」

 そしてムヌーグと知己だというアエリもまた、ガルドという傲慢を着込んだ圧倒的な暴力を相手に交渉した当人だという。交渉成立という目的のためにどのようなカードでも切る覚悟がある交渉のスペシャリストを前に、タジ個人の都合など後からどうとでもなる、ということだろう。

 実際、この会話によってとられた言質のために、タジは恐らくアエリのカードとして機能させられてしまうだろう。

「マジかよ……」

 げに強いのは狂気にも似た人間の覚悟であることだ。タジはグラスの中のワインを一気に飲み干すのだった。

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