Triangle(5)

狼の尻尾亭 11

「同じ技が通用する訳ないだろ！」

「存じ上げております」

　連撃は止み、ムヌーグの腕がなくなったように見えた。ムヌーグが、剣を肩からほとんど真後ろに引いたためだ。視界が急に開けて、空間に入り込む空気の気流が見えるようだった。

　長い長い一瞬の呼吸の後、必殺の一撃が来る。

　空気を切り裂くようなムヌーグの刺突を上半身を反らすようにしてかわす。鼻先の皮膚を剣先が掠め取っていくのが分かった。刺突の速度だけで言えば、明らかにガルドの最高速を上回っている。人間技とは思えなかった。

　体を反らせるようにしてかわしたために、バランスを崩して身動きが難しくなってしまう。ムヌーグの剣は上半身を反らせたタジの体の真上でギラリと光る。そのまま振り下ろせば、人間の体であれば真っ二つだ。

　タジは最後の抵抗とばかりに片足でムヌーグの利き手をわずかに蹴った。

　爪先が手首に触れるように当たると、剣先がわずかにずれるものの、それだけだった。手が麻痺して剣を落とすこともないし、これから振り下ろされるムヌーグの決意もまた、微塵も揺るがない。

「窮余の一策といったところですか」

　わずかの思考の揺らぎに言葉を発したかは関係ない。無理な姿勢からのタジによる攻勢を苦し紛れと判ずるのも無理からぬことだ。後はムヌーグが剣を勢いよく振り下ろせば勝負は決する。戯れの試合は決着し、主導権争いは終わる。

　タジの手は全て見切ったとムヌーグが振り下ろそうとしたその時だった。

　上空から、短剣が落ちてきてムヌーグの剣に当たった。

　金属の衝突する音が辺りに響いて、振り下ろそうとした剣が己の意思よりも先に落ちていこうとする一瞬、ムヌーグはそれを押し留めるために力をかけた。

　その一瞬が欲しかったとばかりにタジは蹴った足の勢いを強め、横回転をかけるように体をひねらせると支えていたもう片方の脚で短剣もろともムヌーグの剣を蹴りあげた。

　細心の注意を払って蹴り上げられたムヌーグの剣は短剣とともに弾かれて弧を描き、ゲベントニスの頭上を越えて反対側へ落ちていく。確かにゲベントニスの足元に投げたはずの短剣は、そこになかった。

　背を向けた状態で立ち上がるタジを、ムヌーグは痺れた手首をさすりながら見ていた。

「お見事です」

　その言葉にタジは振り向き、肩をすくめた。

「震脚は気合を入れるためでも私に泥を浴びせるためでもなかったのですね」

　タジが地面を思い切り踏んだのは、その勢いで短剣を上空に飛ばそうとしたからだ。ぶっつけ本番で細かい調整は出来ず、甲冑姿の二人までやや浮き上がらせてしまったが、ムヌーグの気づかない方向から攻撃を加える手段としてはそれしかなかった。

　ムヌーグの剣撃を一瞬でも短剣によって止めることが出来れば、その思慮外の隙を狙って剣をはじくことが出来る。それ以外でムヌーグの体にも剣にも傷をつけずに止めることは難しいとタジは思ったのだ。

　策というには圧倒的な戦力差を笠に着た攻撃だ。ちゃぶ台をひっくり返すだけの暴力、と言われればそれまでだろう。

「点数は？」

　揶揄するように告げる。

「戯れには点数のつけようがありません」

　タジの本来の力をもってすればムヌーグなど枯れ木のように折ることが出来る。

「本当に、ガルドを倒されたのですね」

「それを確かめるためにこんな遊びを？」

「それもありますが……あの竜を倒した者の実力が如何なるものかを知りたくもありましたので」

「まあ、あんたのその言葉で俺の名前を知っている理由もゲベントニスをけしかけた理由も察することができた」