狼の尻尾亭 05
その姿は陣を組んで隊列を整え采配によって敵に向かうような体勢ではなかった。もっと獣のような、全方向に身を翻して対処する意志の見える姿勢である。
ゲベントニスとイヨトンの甲冑姿二人が持つ刀剣は決して軽くはなさそうに見える。二人の腰の辺りまである刃渡りで幅は広く、鈍色の刃は「斬る」というよりも「割る」と言った方が正しいようにすら感じられるものだ。効率的に使うのならば、袈裟斬りのような上段に身構える方法を取るべきである。
それが二人は、特にゲベントニスの方はほとんど猫のように身を低くして刀剣を持った腕をぶらりと垂れ下げている。目線は音のする方を睨みつけ、いつ獣が現れても対処できるだけの心積もりをしているようである。
不思議な構えだ、とタジは思う。タジが見てきた剣の使い方、構え方とは全然異なるものだ。甲冑姿であればなおさら機敏な動きは難しいはずで、二人の姿勢は正しくその難しい機敏な動きをしようとしている姿勢に見えるのだった。
獣の方も人の気配を感じたのか、一瞬、こちらに向かう歩みに躊躇が混じった。すると二人はそれを好機と見るや一直線に森へと駆けていく。イヨトンの方は忍者を思わせる様子で、ゲベントニスの方にいたってはほとんど四足獣の身のこなしであった。
「どうしましたか?丸パンが口の前で冷えてしまいますよ」
ムヌーグの言葉にタジが彼女へ視線を向ける。その笑顔には凛々しさと愛嬌とが同居していた。
「いや、彼ら?の戦い方というか姿勢に興味をもっただけさ」
温くなった丸パンにガブリと噛みつく。麦の甘味と先ほど直火で炙った香ばしさが口いっぱいに広がる。素朴だがとても美味い。シチューの方はまだ熱いくらいで、まだパンが残っている口の中にスープを入れると、旨味が合わさって最高だ。
「ゆっくり召し上がってくださいね。彼らが負けることは万が一にもありませんから」
ムヌーグは自信満々に言った。
炭焼き小屋からわずかに離れた場所で、ガサガサと何かが絶え間なく動いているのが聞こえた。二人の甲冑姿と、それに対峙する大型のミミズのような生き物……。
「魔獣のようだが?」
「そうですね、魔獣でしょう」
ムヌーグがあまりにあっけらかんと答えるので、拍子抜けする思いだった。
「それでも大丈夫です、後れはとりません」
木々の隙間から見える姿と音とで、全く観戦できないということはなかった。魔獣と言っても動じないのであれば、魔獣と交戦する覚悟と勝算があって対峙しているのだろう。
そこでタジはゆっくりと食事を味わいながら、二人がいかにして魔獣に勝利するのかを見てやろうという気になった。ガルドを倒して以来、食事を口に運んでいる合間も常に森からの襲来に気を配ってきたタジとしては、その緊張感からの解放はかなりありがたい。味気ない食事と思っていたものも、先ほど口に入れたときにはずいぶんと美味く感じられた。
他の事に気を取られ過ぎていたこと、ほとんど寝ずにずっとニエの村を見張っていたこと、そういったことがタジの想像以上に精神に来ていたらしい。今、口に運ぶシチューの脂も丸パンの少し焦げた外側の皮もこんなに美味かったのかと改めて気づかされた思いだった。
今はムヌーグの言葉を信じて一時の解放に身を委ねるべき。そう思ってタジは座り方をわずかに直した。それもまた最近の習慣になっていたすばやく立ち上がるために座り方に出ていたのだと気づく。
「さあ、一緒に彼らの戦いを見学いたしましょう」
座り直すタジの隣に寄り添うようにしてムヌーグが静かに腰を下ろした。シチューを温めていた薪を囲んで座る形になって、くすぶる薪がパチとはじける音がした。
ミミズ型の魔獣が天に向かって体を持ち上げて、二人に向かって落ちるように突進する姿が見える。二人が避けているのかどうかは、大木に隠れて見えなかった。
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