狼の尻尾亭 04

 ほのかに緑色を帯びたブロンドのロングヘアは森の空気を吸いこんでいるかのように瑞々しく、表情は涼やかで染み一つない。貴族令嬢を思わせる風貌であるのに、身のこなしは他二人の甲冑姿に比べて頭抜けて歴戦を思わせた。何度か死線をくぐっているのか、死線を思わせるほどの訓練を常日頃行っているか。

 いずれにしてもニエの村に存在しないタイプの人間であることは確かで、そこには明確に暴力に訴える意思が見える。実際にタジは甲冑姿の一人に襲撃を受けて、その文明の暴力装置を体感した。

「不意打ち、失礼いたしました。私、眠りの国の第二等騎士、ムヌーグと申します」

 腰を抜かした甲冑姿ではなく、ブロンドヘアの方が恭しく頭を下げた。腰を抜かした甲冑姿のほうはもう一人の甲冑姿によって抱き起こされ、二人して足を広げた鶏のような無様な歩き方でブロンドヘアの後方に収まると、直立してその場に収まった。

「ゲベントニス、後で長剣を拾っておきなさい」

 頭を上げたムヌーグは、後の甲冑姿に一瞥もせずに冷たく言い放った。その言葉に、タジに襲い掛かった方の甲冑姿がわずかに体を動かして反応する。そちらがゲベントニスなのだろう。

「ああ、ムヌーグ……だっけ?とりあえず、飯を食ってもいいか?」

「重ね重ね配慮が足りませんで。どうぞ召し上がってください」

 妙に丁寧な口調なのが気にかかるが、敬うと畏れるは同根の精神だ。大方、タジの事はアエリ村長から聞いているのかも知れない。

 アエリが言った“策”というものはおそらくこの三人の事なのだろう、とタジは陶器の鍋と丸パンを火にかけ直して思い当たった。

 ニエの村は言わば外敵に無知な羊の群れだった。それまでは、辺りを治める領主に同胞の中から生贄を差し出すことで群れが外敵に襲われないことを保障してもらっていた。それがタジによって仕組みが壊れ、無知な羊の群れは外敵から身を守る術を必要とするようになった。

 三人は羊の群れを外敵から守る牧羊犬、と言ったところだろう。その牧羊犬の飼い主は、ムヌーグが所属する眠りの国と言う国で間違いない。かつてトーイがいたという国。

 確かそこでも神は絶対のものとして存在していたはずだと聞いたが……?

 そこまで考えているうちに、近くから村にやってこようとする獣の音が聞こえた。とっさに身構えるタジに対し、近くに待機していたムヌーグが手をかざして静止する。

「なにか?」

「お食事がまだのようですので、どうぞ召し上がっていてください。ここはゲベントニスとイヨトンが対処いたします」

 タジが食事の用意をしている間に大木の後ろで着替えをしていたのだろうか、甲冑姿のゲベントニスとイヨトンが居住まいを整えて現れた。

「お前たち」

「はっ!」

「距離と方角は大丈夫ね?」

「お任せください!」

 二人は帯剣を抜いて片手に持ち、腰を低くして機をうかがった。

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