食人竜の村 48
エッセは、夢を見ているようだと思った。
恐らくタジによって飛ばされたのであろう、神の眷属の体は目の前のタジが消えると同時にどこかへと無くなってしまった。
一瞬影が差した。
ふと上を見ると、大木を超える遥か上空に小指の先ほどの神の眷属の姿があった。
その周りを別の何かが飛んでおり、エッセの動体視力では確認できない速さで神の眷属の周囲を動いている。
二度三度、ぐらりと神の眷属の体が傾いたのが分かった。
次の瞬間、エッセの目の前にタジが現れて、腕を肩から大きくグルリと回した。
「あのっ」
声をかけようとした時には既にその場はもぬけの殻。
束の間あって、エッセから少し離れたところに何かが落ちてきた。それはもはや何かとしか説明できないものだった。
ガルドだったものは、自らが纏っていた鱗や爪や、その他のものと一緒になって落ちてきた。
黒く色づいた爪から、何かが気化していくのが見える。タジが近くに着地して、その様子を眺めていた。気化した黒い靄は、空気に霧散する。
霧散した場所にタジが手を伸ばすのを、エッセは茫然と眺めていた。
「あのっ!地面がっ!」
遠くから茫然と眺めていたからだろう、タジの足元付近から、白い煙がブスブスと立ち上っているのが見えた。エッセが叫ぶとタジは身構えたが、それがガルドの身体に起こっていることの余波だと気づくと、注意深く一歩退いて、それからガルドの死体をジッと観察するのだった。
「エッセ、お前はそこにいるんだ」
ガルドの死体は地面に触れた部分から溶けるようにブスブスと煙っていた。溶解する肉体が、地面に侵食し、あるいは気化し、辺りに馴染んでいく。
「ズの、お前が今何をしようと俺はお前を一瞬で絶命せしめることが出来るのを忘れるな」
タジの言葉に、木々の影に隠れていたズのが顔を出す。ガルドが倒されたのを見て、戦意を失ったのだろう。エッセを攫うでもなく、ガルドの死体を守るでもなく、ただ事の顛末を見届けるだけになっていた。
「失礼いたしました」
慇懃な態度は相変わらず。しかしその声色にはどこか畏怖が籠っているようでもあった。
「人間は、私を殺すのでしょうか?」
ズのの質問は、生きることを諦めたようにさえ聞こえる。
「神の眷属の使いとして生きるというのなら」
タジは振り向きもしない。そんな一頭と一人の会話を、エッセはひやひやしながら見ているしかなかった。
「慈悲があるのでしたら、私を生かしてください」
ズのはタジに近寄って、その場に伏せた。タジはそれを一瞥すると、またガルドの死体の方に視線を戻した。
鱗も爪も、グズグズと溶けていく。少しの煙を上げながら、地面に吸い込まれていく。
ガルドの身体が完全に溶けてなくなるまでには結構な時間を要した。その間、タジはジッとその様子を観察し続けたし、ズのは伏せの姿勢を崩さなかった。ただ一人、エッセだけがあたふたとしていたが、一つくしゃみをすると、何か諦めたようにその場に座り込んで身を縮めていた。
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