食人竜の村 47
ガルドの爪がタジを貫こうとする衝撃は完全にいなされる。
爪の表面に黒い水滴が落とされてマーブルに溶けていくのが見えると、タジは背負い投げの要領でガルドの体をブン投げた。
空中で体勢を整えて地面を睨みつけるガルド。大木の遥か上空に飛ばされて、眼下には一帯の森の様子、それに目の端にガルドの住処、ニエの森。
泉の畔にタジはいなかった。
不意に、ガルドを照らす陽光が翳る。
体をひねるように振り向くと、そこには両手を広げて空気を蹴り上げるタジの姿があった。
ガルドが前脚を振り上げる。爪には既に神の祝福が充填されている。
一瞬、ガルドの体が空中に固定される。
投げ上げられた速度はゼロとなり、後は落下するのみ、となった時。
タジはその瞬間に空中を地面に向かって蹴った。体勢を変えて、空中に固定されたガルドに向かい、自由落下を超える速度でガルドの前脚を殴った。
その一撃でガルドの前脚は元の形を失った。破裂するようにはじけた前脚から、パラパラと鱗や爪が剥がれて落ちていく。
ガルドの体勢も、タジの一撃で大きく揺らぐ。
自由落下が始まった。
視界にギリギリ捉えられたのは、泉を背にするタジと、豆粒ほどの人間の子どもの姿。その次にはもう片方の前脚も使い物にならなくなっていた。
体の回転を制御する前脚を失って、自分の肉体からはがれた様々な自分の残滓と共に自由落下していく。
ひらり、と大きな鱗がガルドの目の前を通り過ぎたように見えた。
後脚をばたつかせて姿勢を整える、と思った時には既に後脚も目的を成しえる形を失っていた。
落ちていく。
落ちていく一瞬で、あらゆるものを失う。
鱗、爪、前脚、後脚……。
権力、暴力、自由、支配……。
かろうじて機能する体はガルドの命そのものであり、体勢を制御できない今、打ちどころが悪ければその命すらも保障はされないだろう。
覚悟だ。ガルドは思った。
無様に落下してなお命を落とさない覚悟を。そして、体を再生させて返す刀で特異点に一矢報いる覚悟を。
「お前、地面に無様に叩きつけられるのを想像したか?」
言葉が聞こえた気がした。
脳に激痛が信号として伝えられている。体の発する際限のない危険信号の合間に、ガルドは確かにそんな言葉を聞いたように思われた。
空が青い。
雲一つない空だ。
粟立つ背中、腹を突き抜ける拳。すぐに消えて、腹に空いた穴から、命が零れていくような感覚。
また、青い空を誰かが遮った。
タジだった。
「地獄があったら、会おうぜ」
ガルドにタジの顔は見えなかった。
「神に殺されるがいい」
せめてもの悪態、神の眷属としての矜持。
タジの足がガルドを蹴る。
その体が地面に叩きつけられた時には、既にガルドはいなかった。
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