食人竜の村 11

 川沿いを下流に向かって歩き続けると、一件の掘っ立て小屋が現れた。山と積まれた薪の脇に窯があり、煙が立ち上っている。森と藪の境目に建てられた炭焼き小屋だとトーイは言った。

「そのすぐ向こうにニエの村が見えるはずです」

 川に沿うように作られたニエの村は川を挟むようにして作られた集落だ。森の中に埋め込まれるように作られた村で、タジたちが歩いてきた反対側には、村の門があるという。

 ニエの村は、人里の終着点であった。

 人間に例えると指先のような場所で、人の住む世界と人の住まない世界との境界に位置している。その先を行けば、誰も命の保障はしない。

「ニエの村の村人はこの森を管理しているのか?」

「泉で言ったはずです。領主がいて、私たちが生かされている。森は神の土地ですから、人間が踏み込んではならないのです」

 つまり、人間が森に踏み込むことは、神への反抗である。それの意味するところは、死だ。ニエの村は、森へ向かう愚かな人間を引き留める関所のような場所だ、とトーイは言った。

「あのドラゴンが支配するのはこの村だけなのか?」

「しっ」

 未だタジの腕の中に収まっているトーイは、不用意な言葉に驚くようにして勢いタジの口を塞いだ。体を起こして周りに聞こえないように囁いた。

「支配などという言葉を使わないでください。あなたは遠慮しないのでしょうが、あの方はこの地の神、その気になればこの村など一瞬で滅ぼされてしまいます」

「あー……結局そのあたりがまだ不明瞭なんだよなぁ……」

 タジはトーイを下ろした。久しぶりに自分の足で立ち上がったからか、トーイは不安定そうに足の動作を確認する。屈伸したり足首を回したりして、ようやくしっくり来たのだろう、ニエの村の方をじっと眺めていた。

 タジはと言うと、トーイを運んでガチガチになった腕を肩から振り回すように伸ばすと、空に向かって大きく伸びをして、トーイが眺める村を同じように見ていた。

 人の気配が少ない。

 ニエの村が人里の終着点だったとしても、そこには必ず人の営みがあり、人が共同体を作るにはそれなりの人工が必要である。当たり前のように形作られた人家には、それを作った大工がおり、材料を作る職人がおり、資金を集める商人がいる。彼らは食べねば働かないし、建物をどのように配置するのかを考えだせば、必ず揉め事が起きる。仲裁する村の長が必要であるし、その村の長は恐らく、神と称するドラゴンとの仲介が出来る人間でなければならない。あるいは、領主を神と呼ぶくらいなのであれば、その役割は宗教を掌る者の領分か。

 そう言った人の営みが、今の村には窺えないのである。活気がない、という以上に往来に人の姿が見当たらないのだ。太陽は中天に痛いほど眩しく、川のせせらぎは陽光を反射する。村人が協力して作ったのだろう梁の上に魚が跳ねていた。

「トーイ。これがニエの村の普段の姿なのか?」

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