食人竜の村 10
「それにしてもよく道が分かるもんだ」
トーイはタジに持ち上げられていることを恥ずかしがりながらも、道なき森中の道筋について指示を出している。タジ自身はかき分けた多年草の合間に時折見つけるトーイの足跡から来た道を帰っていることを理解できたが、それもなしにこの森中を歩くのは暗闇の中を手探りで進むのよりもなお恐ろしい。もっとも、彼女は村からあの泉までそうやって来られたのだから、何かを目印にしているのだろうが、どれも似通った大木や植物ばかりで、なだらかな地面には岩石の一つもなかった。苔と植物と枯葉のカーペット。かろうじて現れる地面にトーイの足跡。
「目印があるんですよ」
「やっぱりそうなのか?しかし、トーイが指示する場面で周囲を見回してもそれらしいものは見つからないんだが」
「目印だと知っていないと分からないようなものですから。あっ、そこの大木から二時の方に向かってください」
「了解……その大木にも目印が?」
「ありますよ」
トーイが示した大木に近づいて、タジは目を凝らした。他の大木と何も変わらない一本の木だ。木を隠すなら森の中、というがこの森の中でどうしてこの木だけが目印になっているのか、全く見当もつかない。
「分からないなぁ」
「……今私、ちょっとだけ優越感に浸っています」
トーイの勝ち誇ったような顔が目に浮かぶので、努めてそちらを見ようとはしなかった。そんな様子が傍目にもありありと感じられたのか、タジの腕の中で、トーイがくつくつと笑っている。
「今度来るときがあったら、教えますよ。あっ、ほらあそこに川が見えてきましたよ」
二時の方角に向かって歩くと、その視界に川が流れているのが見えた。清流である。おそらく、泉の水がこの森の中でさらに浄化されて、染み出てきたものが水流となって形作られたのだろう。
「あの川伝いに進んでいけばニエの村です」
清流はゆったりと流れている。川岸まで歩いていくと、地表に砂利が多くなっていくのが分かる。木々の合間を流れる清流は、上流を見ると大蛇が這っているようである。それも徐々に水量は増えていくようで、タジの立つ辺りは森の中にあっても泉のほとりがそうであったように、青い空がはっきりと見えた。天から神が森を二つに分け開いたような快晴の出現にタジは思わず目を細める。
川は蛇行しており、直ちに村が見えるわけではなかった。
「ですが、ここまで来たら直ぐですよ」
「そうあって欲しいね、そろそろ腕がこの形で固まってしまいそうだ」
「それは面白いことを聞きました」
村が見えるところまでは絶対に下ろさないでくださいね、とトーイは笑顔で言うのだった。
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