ep.15 土台への未練
「さ……春樹くん……?」
「しばらく、こうしていても良いですか? なんだかちょっと、勇気が貰えるような気がするんで」
「好きにすればぁ?」
呆れたようにつぶやいたけれど、内心ドキドキが止まらぬ。え、やばない、これ。
「……すみません」
たぶん、2、3分ほどそうしていたんだと思う。春樹くんは手を離して、照れ臭そうに微笑んだ。
「もうちょっと早く、優里乃さんと出会いたかった気もします」
「そしたら、もう少し楽に大学生活スタート出来たって? そんなことはないんじゃない」
「少なくとも、もうちょっと楽しい気分で半年過ごせたんじゃないかなって気がして」
あたしと居ると、楽しいですか?
それ、マジで言ってる?
「なんで優里乃さん、ずっとサークル来なかったんですか?」
「就活で忙しかったから」
訊かれたら、いつもそう答えるようにしている。
「そうですか。――大変なんですね、就活って」
嫌だなあ、とため息をつく。ぶっちゃけ今年の就活は売り手市場、成績も悪くなかったあたしにとってはそこまでの手間ではなかった。
「まあ、でも今から就活のことを考えるのは早いよ」
「まずはそこまでの土台作りをしなきゃいけないですもんね」
土台、ね。でもさ、今の、この瞬間を、何かのための「土台」だって思いながら過ごすのって、結構虚しいもんだよ?
そう、最近強く感じるんだ。
「桜庭さん、ちょっと」
ゼミの発表が終わって、あー、もうこれで卒業までなんにも考えなくて良いんだ、とはしゃいでいたあたしに、准教授が声をかける。
教授室に呼び出され、小さめの四角い机の前に座らされたあたし。目の前には、教授および准教授。
なにこの圧倒的不利な三者面談。――あたし、何かした?
「桜庭さん、学部の就職課に報告してないでしょ。進路」
「あっ、ほんとだ。申し訳ございません、忘れてましたっ」
頬を両手で挟んでおどけてみせると、ちょっとノリの良い准教授が少し笑ってくれた。一方、教授が机に両肘をつき、ぐっと前にのり出してくる。
「それと――本当に、就職ってことでいいんですか」
「え」
「院に進むってことは、考えたことはないですか」
曖昧に笑ってみせる。――この人たちを目の前に「ないっすわ」とは流石に言えない。
「でも……経済の院って難しいと伺いましたし」
「桜庭さんなら大丈夫だと思うんだけどねえ」
「そう言っていただけるのは嬉しいですけど……」
もう内定持ってるんだよ、あたしは。それに院試は終わっている。ここで一年、わざわざ院浪人するんかい。
面談自体は終始にこやかな雰囲気で進めてくれたから、そこまでブルーな気持ちにはならなかったけれど、無駄に選択肢をちらつかされちゃうと、うーんってなる。なんでだろう、ついこの間まで、そんな気持ちになったことなんて、一度もなかったのに。
大学なんて、就活のための土台。――あたしはずっと、そう思ってやってきた。サークルに入ったのも、そこで役職に就くって決めたのも、真面目に単位を取り続けたのだって、全部就活の面接で困らないため。そうやって、周りが望む道を真っ直ぐ歩くって、ずっと思ってきた。なのになんだ、このモヤモヤっとした「何か」は。
まあ、もうアカデミアへの未練は絶つって決めたじゃん?春樹くんが聞いたら贅沢な悩みだって怒るぞ、これ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます