廣島騒乱編

〜廣島という街〜

 4ヶ月後、結界帝国は山の国に宣戦布告をし、戦争状態に入った。


 星雪たち新兵も第五師団の後方支援に加わることとなり、岸の国廣島に移動していた。


 雲ひとつない青空から暑い日差しが、できて間もないレンガ造りの建物を輝かせていた。この国に夏がやってきたのだ。


 繁華街の中で、星雪と涼花は、この国での新兵の証である真っ白な軍服に身を包み歩いていた。日差しが真っ白な軍服より一層際立たせる。


「見て! ほっしー! さすが元、岸の国の本拠地。都志見つしみに劣らない賑わいだね!」


「確かに! 3年前よりさらに賑わってる。戦争中とは思えないね。それはそうと周りの目が気になるよね……」


 星雪たちは、あの事件によって周りから珍しいものを見るような目で見られることが多くなっていた。


 それは帝国が襲撃事件を山の国への宣戦布告するための口実として大々的に宣伝したからである。


「気にしないの! うちらは何も悪いことしてないんだから! お〜 この髪飾りきれー ほっしー買ってよ!」


 涼花は、道沿いの露天商に駆け寄り、鶴の髪飾りを手に取る。


「まぁ、髪飾りくらいならいいけど」


 星雪はそう答えるが髪飾りについていた値札を見て顔色が変わる。


「あれ? 髪飾りってこんなに高かったっけ?」


「そうよ! 知らなかったの?」


 涼花は、常識よと言いたげだ。


「あっ……いや……その……これは財布と相談してみないと……」


「買ってくれるんだよね? 男に二言はないよね?」


 涼花の声に力が入る。


「……これください」


 星雪は涼花の迫力に押し負ける。


「へい! まいど!」


 露店の店主は、その年季を感じさせるようなリズム感に富む受け答えをする。


「見て! あの子達。例の事件の生き残りよ……それに女の子の髪の色見てよ、あれってあの卑しい一族の……」


「ほんとだわ、新聞の写真に載ってた……恥ずかしくないのかしら」


「身の丈にあった行動をすべきよ」


 星雪たちの後ろでわざと聞こえるように2人の中年の女性が話を始める。


 その声を聞いた星雪は、腰の刀に手をかけ、振り向こうとする。


「やめて、ほっしー」


 涼花は星雪の肩を持って、その歩みを止めさせる。


「ひいじいちゃんの言葉にこんなのがある。相手の誹謗中傷に何も言い返さない、それはそのことを自分で受け入れているからだって」


 星雪は、涼花を睨みつける。その目には激しい感情の炎が宿っていた。


「もう……いいから……」


 涼花は、星雪の肩を持つ手に力を込める。

 星雪は、涼花の哀愁をたたえる顔に刀から手を離す。


「神谷……」


「髪飾りありがとね! 他の店も見てみよ!」


 そう言って肩から手を離し、星雪の先を歩いて行った。


 その様子には一点の曇りも感じさせなかったが星雪にはそれがどこか悲しみを帯びているように思えた。


「強いな……」


 星雪は涼花の後ろについて行く。


 少し経ったところで2人は1人の大男に引き止められる。


「君らは兵科学校襲撃事件の生き残りとみえるがあっているか?」


 まるで筋肉のみによって形作られた山のような男が星雪と涼花に問いかける。


 その質問は、前持って用意してきたかのように感じられた。


「そうだけど何か?」


 星雪は、その山の如き威圧感に身構えながら答える。


「俺は土屋家の土屋偶地、少尉だ。まずお前たちの名前を聞かせてもらおうか」


 みるからに高圧的な態度で星雪たちに迫る。


「俺は鬼塚星雪。こっちは神谷涼花。2人とも少尉だ」


「ふっ。あの事件の生き残りと聞いていたから五大名家でないにしても二十名家ではあると思っていたが、無名の家の者とは、とんだ拍子抜けだ。いったい何人を盾にしたんだ?」


「いくら五大名家の人でも言っていいことと、悪いことがあるんじゃないの?」


 涼花が食ってかかる


「なんだ、この女。言動に気をつけろ」


「どっちがよ!」


 涼花は腰の細長いクナイに手をかける


「この俺に刃を向けるのか?」


 偶也からオーラがあふれ出る。その威圧感にその場の重力が倍増したかのように思える。


「神谷! 落ち着いて!」


 星雪が慌てながらも涼花をなだめる。


 しかし、2人は睨み合ったまま動こうとはしない。


「やめなさい。五大名家の一員とあろうものがみっともないですわよ」


 長い髪をした、誰に聞いても美人と答えるような容姿の女性が二人の間に割って入る。


「姫乃様申し訳ありません」


「土屋姫乃か……」


 星雪はつぶやく。


 土屋姫乃、彼女は土屋家の本家の出であり天才との呼び声が高い。その圧倒的な支配力と美貌を兼ね備え、帝国で知らない者はいないだろう。


「わが家の者が迷惑をかけ、申し訳ありません」


 彼女は頭を下げる。


「いえ。こちらこそ」


 星雪は涼花の頭を持ってともに頭を下げる。


「ですがね~この者を土屋の人間とわかって刃向かうとはよっぽど自信がおありなどでしょう。もしくはただの……いえ、これ以上はよしときましょう。行きますわよ、偶地。おほほほ。」


「は!」


 姫乃は偶也を後ろに従え、懐から梅の花が描かれた扇子を取り出し、高笑いながら去っていく。


「何なの? あの女。ほんと腹立つ!」


「相変わらずだよ。あのお嬢様は……」


 2人は、廣島の商店街の散策に戻る。


 赤を基調としたその商店街は、その色に負けない熱気を見せていた。


 ひとしきり商店街を見てまわったところでいい時間となる。


「そろそろ第五師団駐屯地に向かわないと……」


「そうだね! 確か、今日小隊が組み分けられるんだよね?」


「そう書いてあったね……」


 星雪は腰のポーチから辞令書を取り出し広げる。その顔は少し浮かない顔だった。


「まさか……誰と同じチームになるのかまた心配してるの⁉︎」


 涼花は、星雪の顔を見てわざとらしく口に手を当て驚いたふりをする。


「まぁね……連携がうまく取れるかって心配だから」


「ほんと、ほっしーは心配性ね! 誰となってもうまくやれるって! それに……うちら、たぶん同じチームになると思うよ!」


「え! なんでわかるの?」


 星雪は、不思議そうな顔で答える。


「女の勘よ!」


 涼花は、腰に手を当て、自信たっぷりな顔をする。


「あ、そうですか……」


 星雪は呆れ顔をする。


(期待して損したよ……まぁ、神谷らしいけどね)


「それじゃあ! 駐屯地へ急ご!」


「ちょっと待って、その前に一応地図で場所の確認を……」


「もう! ほん〜と、ほっしーは心配性ね! 一度来たことあるからわかるって。強化術式!」


 涼花の足元に術式が現れ、一気に加速し走り出す。


「大丈夫……なのか?」


 星雪も、強化術式を使用し、その後を懸命に追う

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