第135話 偽装自決弾 其ノ弐

「さて……何からお話すればいいのやら」


 塩屋は店の奥の居間に入るとすぐに拳銃を懐にしまった。一瞬、抵抗しようかと思ったが、さすがに足が不自由な私では戦うのは難しいと考えた。


 それに……私は気になっていた。どうして目の前の男が、ウチの店のこと……何より、不思議な物品のことを知っているのか知りたかったのである。


「……私もアナタに聞きたいことがある」


「でしょうね。まぁ、お互い聞きたいことしかないでしょう。でも、私から話させてもらいますよ。私は客ですし」


 先程まで拳銃を突きつけていた男が一体何を言うのだと思ったが、私はおとなしく頷いてみせた。


「若旦那。覚えていますか? 渡良瀬という男を」


「え……あ、ああ……渡良瀬さんがどうかしたのか?」


 いきなり出てきた名前に私は面食らってしまった。何分、まさか渡良瀬さんの名前を聞くとは思わなかったからだ。


「ええ。旦那は知り合いでしたよね。彼と」


「あ、ああ……それがどうかしたのか?」


「彼が戦争中、ある特殊部隊に配属されていたという話、聞いています?」


「……ああ。国健部隊のことだろう?」


 私がそう言うと塩屋は目を細めて微笑んだ。


「ええ。そうですか、彼はそこまでアナタに話したんですね……旦那。彼は今どこにいると思います?」


「どこって……その……知らないのならば悪いんだが……彼はもう、この世にはいない」


「え? ……ああ! そうでした。そういうことになっているんでしたよね」


 ……そういうことに、なっている? 何だ今の言い方は。


 それこそ、まるでまだ渡良瀬さんが……生きているかのような言い方じゃないか。


「……どういう意味だ?」


「どういうって……そのままの意味です。彼は死んだ、ということになっている……そういう意味で言ったんですよ」


「……その言い方だと、彼は実際は生きている、と言いたいのか? 私はこの目で見たぞ。彼が持っていた拳銃……そうだ。アナタが持っていたものと同じものが暴発して、彼はその破片が突き刺さって死んだんだ」


「ええ。でしょうね」


 そう言うと塩屋は今一度拳銃を懐から取り出した。


「彼は言っていませんでしたか? アナタに。変なことに巻き込まれないように気をつけろと」


「え……あ、ああ……言っていたが」


「それなのにアナタの店には、なぜか次々とおかしな物品が持ち込まれてくる……おまけに、アナタ自身は、元帝財局の奴らとの関わりもあった……渡良瀬さん、旦那がそんな危険な目に合っているって知ったら、悲しみますよ?」


 苦笑いしながら塩屋はそう言う。なんだ……こいつ、本当にどこまで知っているんだ? 伊勢崎のことも知っているとなると……普通の人間じゃない。


「……だとしたら、どうだというんだ?」


「ああ、いえ。攻めているわけではないんです。むしろ、アナタは非常に優秀だ。どんな危険な目にあっても、無事に生き延びている……だからこそ、私もここに来たんです」


 そう言うと、塩屋は俺に銃口を向ける。思わず私は身構えてしまった。


「……私を殺すのか?」


「いえいえ。ですから、別に我々はアナタに怒っているわけではないんです。ただ、今までアナタを試してきたし、これからもアナタを試すんです」


「……言っている意味がわからないんだが」


「奥さん、すぐには帰ってきませんよね? いいですか? 今から何があっても5分間、この居間から動いてはいけません。5分後に詳しいお話をします。詳しい話、聞きたいですよね?」


「……だから、一体どういうことなんだと――」


 私がそう苛立たしげに言ったその時だった。


 塩屋は簡単に引き金を引いた。私は死を覚悟したが、瞬時にそれは別の感情へと置き換わる。


 塩屋が引き金を引いた拳銃は、いきなり火を吹いたかと思うと、そのまま暴発した。


 そして、暴発した銃の鋭利な破片は、そのまま塩屋の全身に突き刺さったのだった。

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