第127話 ヒラサカの扉 其ノ肆

 それから私と伊勢崎は人気のない場所をしばらく無言で歩いた。


 一体伊勢崎の目指す場所はこの先へあるのか……問いただしたかったが私も黙っておいた。


 実際周囲は森のようである。こんな場所にはやってこないだろう。


 そして、しばらくすると、前方に何やら大きな穴のような物が見えてきた。


「……なんだあれは?」


「あれが、ヒラサカの扉への入り口だよ」


 伊勢崎はそう言って私よりも先にその大穴の方へ近づいていく。


「元々ここには蓋がしてあってね。まぁ、表向きには防空壕として使用される予定だったからね」


「防空壕……随分と深そうだが……」


「それはそうさ。なにせ死後の世界につながっているんだからな」


 得意げな顔でそう言う伊勢崎。と、ふいに伊勢崎は私に懐中電灯を手渡してきた。


「ここからは暗いからね。君にも渡しておく」


 そう言って明かりをつけると、そのまま伊勢崎は穴の中へ入っていく。私も躊躇したが、ここまで来たら入ってみたいという欲求のほうが強かった。そのまま伊勢崎の後に続く。


 穴の中は確かに防空壕として作られているらしく、下に降りるための道や、とりあえず壁などもしっかりしており、完全に天然のものというわけではないようだった。


 しかし、異様だったのは……穴がどこまでも奥に続いていることだった。まるで巨大な生物が口を開けているかのように私達はその暗闇の中に入り込んでいく。


「ここからは少し歩く。後、分かれ道もあるから、僕についてきてくれ。逸れても知らないよ」


 私を怖がらせようとしているのか、いたずらっぽい顔で微笑む伊勢崎。私は何も言わず小さく頷いた。


 そして、伊勢崎の言う通り、長いそこからは長い道のりだった。何度か道を曲がったが、私自身は道順は覚えられなかった。伊勢崎は既に道順を完全に把握しているらしく、歩みに迷いがなかった。


 二十分ほど歩いただろうが、どう考えても穴が広大すぎる……そんなことを私が考えている矢先、伊勢崎が立ち止まった。


「……ここだよ」


 伊勢崎がそう言って前方を照らす。私の目の前には大きな石の扉が存在していた。


「ここが……ヒラサカの扉……」


 完全にその場所だけ異質だった。今まではただの広大な穴であったが、扉の存在がこの場所をそれだけの存在ではないものにしている。


「……で、閉まっているようだが……開くのか?」


「ああ。御父様の残した文書では……この文様を見てくれ」


 そう言って伊勢崎は扉のある部分を照らす。確かにまるで人間の目のような文様が描かれていた。


 すると、伊勢崎は近くにあった石を手に取ると、それを手に持って扉に近づいていく。


「あの文様の中心部分……つまり、瞳のような部分を削ると扉が開くらしいんだ」


 伊勢崎は嬉しそうにそう言っていたが、私は……正直嫌な予感がしていた。


 文様を照らしてみると、なぜか目の文様……その瞳の部分はなぜか他の部分に比べて異様に鮮明だったのだ。


 それこそ、まるで最近新たに書き加えられたかのように……


「……伊勢崎。本当に……ここは開いていい扉なのか?」


 私がそう訊ねると不思議そうな顔で伊勢崎は私を見る。


「なんだい? 君ともあろうものが、今更怖いっていうのかい?」


「……ああ。正直、ここは恐ろしい」


 私がそう言うと伊勢崎は大きくため息をつく。


「……君ねぇ。がっかりさせないでくれ。君を見込んでここまで連れてきたんだ。ここは選ばれた人間しか入れないんだ。君は私が見込んだ人間だ。そんな事を言うのは許さない」


「しかし、伊勢崎。ここはあまりにも――」


 私がそう言った瞬間だった。バァンとけたたましい銃声がして、私の足元の地面が弾け飛ぶ。


 あまりのことに驚いてから伊勢崎を見ると……伊勢崎は私に銃口を向けていた。


「……僕も、瀬葉に多少銃を教えてもらったからね。あまり僕を幻滅させるようだと……どうなるかわかるね?」


 私は額から汗が垂れるのを感じた。


 今回の伊勢崎は旧華族の間抜けな男装御嬢様ではない。帝財局の伊勢崎大佐だ……私はそれを理解し、ゆっくりと頷いたのだった。

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