第124話 ヒラサカの扉 其ノ壱
「さて……今日来たのは他でもない。君に用事があったからだ」
その日、店に来ていたのは……伊勢崎だった。いつもの付き人……瀬葉はいない。
「……用事? まぁ、お前の言うことだからろくでもないものなのだろうが」
「ああ。ろくでもないさ。なにせ……これから僕達はこの国で最もろくでもない場所に行くのだからね」
そう言って、伊勢崎は私の方に身を乗り出してくる。
「君……死後の世界というものは見たことがあるか?」
伊勢崎の目は……なんだか狂気じみていた。ランランと光っていて正気ではないように思える。
「……申し訳ないが、見たことはないね」
「だろうね。今から僕達が行くのはそこだ」
「……そんなところに行って大丈夫なのか? 私はあまり行きたくないのだが……」
「いや、駄目だ。君には確実に来てもらう。君はこういうことに詳しいだろう?」
……「こういうこと」というのはまぁ、伊勢崎の言いたいことはわかるが……私には佳乃がいる。
「……悪いが私は危険な橋を渡ることはできない。お断りする」
「だから、無理だ。君はどうせ、奥様のことを気にしているんだろう? 奥様のためにも、僕に協力してもらう必要がある」
「……どういうことだ?」
私は怪訝そうにそう言うと、伊勢崎はニンマリと微笑む。
「奥様……買い物に行っただけのはずなのに、ずいぶんと帰ってくるのが遅いんじゃないか?」
そう言われて私は気づいた。そして、伊勢崎の笑顔の理由も……
「お前……佳乃に……」
「ああ! 勘違いしないでくれ。大丈夫。君には恩もあるからね。奥様には何もしていない。単純に伊勢崎邸の一室にご招待しているだけだ。君が僕の要求に答えてくれれば、僕は何もしないさ」
……伊勢崎は最近は少し間が抜けた人間だと思っていたが、こいつも元帝財局の人間。拉致監禁くらいはやる可能性だってある。
「……本当に無事なんだな?」
「当たり前だ。さすがに僕もそこまで外道じゃない。少し君に協力してもらいたいだけさ」
私は思わず大きくため息を付いてしまった。まぁ……伊勢崎の元の所属なんかを考えると、いずれはこうなるとは思っていたが……
「……わかった。で、一体どこへ行くんだ?」
私が杖を持って立ち上がると、伊勢崎は満足そうにそれを見ていた。
「……ヒラサカの扉」
「……ヒラサカの……扉?」
少し引っかかる言葉であった。それに、以前伊勢崎が「ヒラサカ」という言葉を使っていた気がするが……
「ああ……この国で、唯一あの世へつながっている場所……それが、ヒラサカの扉だ」
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