第120話 嘘付喪神 其ノ伍
「……元々、妾を作ったのは……貧乏な人形職人の見習いで……その……悪気はなかったんじゃが……」
申し訳無さそうな表情で、姫人形はそう語り始めた。
「じゃあ……戦国時代に作られたというのも、武将の家にいたというのも……武将の娘をモデルとして作成されたというのも、嘘か」
私がそう言うと、姫人形は更に申し訳無さそうな顔でしながら、小さく頷いた。
「むしろ、本当のことは一つも言っていない、ということですね」
麻子は残酷なほどに冷静に姫人形を見つめながらそう言った。
「……それで、若い人形職人は……その……女遊びが好きでのぉ……遊郭で出会った女に入れあげてしまって……それで……」
「ということは、その遊女が……君のモデルなのか」
人形は悲しそうに、そして、観念したかのように頷いた。
「なるほど。確かにその人形職人とっては、姫のような存在だった、というわけですね」
麻子はそう言うと、興味なさそうに大きく欠伸をする。
「それで……どうするんです? 旦那様。こんな嘘つきの付喪神、店に置いておいては悪い噂はどんどん増していきますよ」
そう言われて私は思わずギョッとしてしまう。
「……やはり、この人形のせいか」
「ええ。付喪神も神。簡単に言ってしまえば、今旦那様の店は神様に憑かれている状態になっています」
「なるほど。その神が嘘つきだということは……」
「ええ。無論、店自体も嘘つきという噂が立ってしまうのは当然ですね」
そう言うと麻子はそのまま背を向けて、店の外に出ていってしまう。
「おい。帰るのか?」
「ええ。我輩としては旦那様の店が潰れるのは願ったり叶ったりです。もし、安全に商売を続けたいのなら、早くその嘘つき神様をさっさとどこかへ売り払うことですね」
そう言って、そのまま麻子は道の向こうへ走っていってしまった。猫らしいというか……気まぐれなヤツである。
「……早く、売り払ってくれんかのぉ?」
と、背後から元気のない声が私に聞こえてきた。私は姫人形の側へ戻っていく。
「……前の主も、妾を購入した途端、嘘つきという噂が立ったから、妾を売り払ったのじゃ……じゃから、お主も……」
私は……困ってしまった。確かに嘘つきという噂が立つのは商売を生業とする以上、非常に困る。
しかし、だからといって、この姫人形を売り払ってしまうというのも……なんだか、あんまりな気がした。
「……本当に、もう嘘はついていないんだな」
「ああ……もうつく嘘もない。正体を知られた以上、妾はただの価値のない人形じゃ。さっさと売ってくれ」
悲しそうにそう言う姫人形。それを見て私は……ある決断をする。
「……わかった。では、君は今まで通り、これからもこの店に置いておこう」
「……は? お、お主? 何を言っておる?」
人形は驚いた顔で私を見る。
「いや、だって……もう嘘はついていないんだろう? すべて白状したとなれば、もう君は嘘つきではない」
「た、確かにそうじゃが……お主は気味が悪くないのか? こんな……」
そう言われて私はなんと答えようか少し迷ったが、考えてみれば、答えは一つだった。
「まぁ、私もこういう仕事をしている以上、偽物や贋作は多く見てきたからね……その多くが自分が偽物や贋作だということを自分からは白状しなかった……だから、自分から白状した君はマシな方だと思うからね」
私がそう言うと人形はしばらく私のことをジッと見ていた。少し恥ずかしかったので私は視線をそらす。
「……では、妾は……ここにいて、良いのか?」
「ああ。もちろんだ。これからよろしく頼むぞ、神様」
私がそう言うと姫人形は少し目に涙を浮かべながら、小さく頷いた。その時だった。
「旦那? また誰かと話していない?」
「うわっ!? よ、佳乃……」
いつの間にか、佳乃が家に戻ってきていた。私は思わず大げさに驚いてしまう。
「え……そんなにびっくりした?」
「あ、ああ……少し、な……」
「ん? あれ、この人形……」
と、佳乃は姫人形を今一度見てみる。先程までは気味悪そうにしていたのに、反応が変わっていて、思わず私も驚く。
「え……どうかしたか?」
「あ。うん……さっき見たときはなんか後ろめたい感じの表情で、嫌な感じだったんだけど……今はなんか、普通に綺麗で、なんというか吹っ切れた感じだね。これならウチの店に置いてあってもいいかな?」
そう言って佳乃は店の奥に入っていく。私ま今一度姫人形の方を見てみる。
佳乃の言う通り、確かにその表情は本物の姫ではないとしても、本物の姫君のように美しい綺麗なものになっていたのだった。
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