第109話 乙女鉄刀:弐之剣「一刀良男」 其ノ壱
「う~む……」
私は勘定机の上に置かれた物体を見て、唸っていた。
机の上に置かれているのは……鞘に収まった刀である。
長いものと短いもの……それぞれ長さの違う刀が鞘に収まった状態で机の上に置かれている。
そして、私はこの形の刀に見覚えがある……だからこそ、困っているのである。
「……乙女鉄刀」
かつて活躍した著名な刀鍛冶、貫木鉄心……鉄心が作成したいくつかの名刀は刀を抜いただけでその人の人格さえも変貌させてしまうほどの優れた出来だった。
しかし、鉄心が人格をも変貌させるような名刀を作成したのは、あくまで自身の感情がもとになっているわけで……とにもかくにも現代の時代においてはただ迷惑なものでしかないわけである。
で、なぜ、そんなものが私の店にまたしてもやってきたかといえば、つい先日、戦争後の不況の煽りを受けてある資産家が破産してしまった。
持っていた家財道具や骨董品の一式はすべて市場に流れ、その中の一品は私の店にも流れてきた。
そして、その一つが……今私の眼の前にある2本の刀……というわけである。
「旦那? どうしたの?」
店の奥から佳乃が顔を出す。私は振り返って佳乃を真剣な視線で見る。
「佳乃……いいかい? これ、見てくれ」
そう言って私は机の上の2本の刀を指差す。
「ん? それ……刀? 貴重品?」
「貴重品……ああ。そうだ。だから、絶対に……絶対に! 触れないでくれ! わかったね!?」
私は今回は強く佳乃に対して念を押した。佳乃は少し驚いた顔で私の方を見ている。
「あ……うん。わかった。触ったりしないよ……」
「ありがとう……というのも、私は今から駅前に行ってくるからだ。くれぐれも、私がいない間に、誰かがこの刀に触れないように、気をつけていてくれ」
そういって、私は杖を手にして立ち上がった。佳乃は不思議そうな顔をして私を見ていたが、私は店を出る時、再度振り返った。
「……いいかい!? くれぐれも、だよ」
私が再度そう言うと、佳乃は萎縮しながらも、小さく頷いた。そして、私は駅前の方に歩き出した。
用事……があるわけではない。単純に確認だった。
もし、私の店に流れ着いたものを同じようなものがあったら、扱い方を間違えれば大変なことになる……だからこそ、確認がしたかったのである。
しかし、駅前の闇市に着いてみると、私の杞憂であったようで、私が見た限りでは危険な物品は売られていなかった。
私は一安心し、店の方に戻っていく。そして、店の前までやってきた時、ふと、なぜか嫌な予感がよぎった。
「……なんだろうか。この感じ……」
そう思いながら、私は店の中に戻っていく。瞬間的に机の上を見ると……
「ない!」
刀が……ないのである。しかも、2本とも、である。
「佳乃!? いないのか!?」
「いるぜ。旦那」
と、声が聞こえてきた。私は声のした方に顔を向ける。
見ると、刀を2本とも持ったままで佳乃は私のすぐ近くに立っていた。
「佳乃……刀を見ていてくれと言っただろう……」
思わず呆れながらもそう言ったその時だった。
佳乃はいきなり持っていた長い方の刀を抜くと、いきなりその刀身を私に突きつけた。
「え……佳乃……?」
銀色に輝く刀身を見つめながらも、私はゆっくりと佳乃の方を見る。
「へっ。旦那。残念だったな。アンタは俺のこと知っているみたいだが、その本当の性質まではわかっていなかったらしい」
「……お前……誰だ?」
明らかに様子がおかしい佳乃は刀の刃先を私から下ろし、それを鞘に戻す。
そして、ニンマリと嬉しそうな笑顔を浮かべて私を見る。
「知っているだろう? 俺はこの刀……乙女鉄刀が一本……『一刀良男』だ」
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