第80話 擬態品
「……あー!」
思わず私は叫んでしまった。
「え……どうしたの? 旦那」
店の奥から佳乃がやってくる。
「……やってしまった。大損害だ」
私は思わずそう言ってしまった。佳乃は不安そうに私のことを見る。
「え……何が?」
「……偽物を、買ってしまった」
「え……偽物?」
私は小さくうなずき、机の上に置かれている壺を指差す。
「あれは……偽物なんだ」
「……いや、アタシ、骨董品わからないから」
「ああ、そうだったな……そうだな。いや、正確には偽物であり、本物なんだ」
「……へ?」
佳乃がまるでわかっていないようだったので、私は立ち上がり、手近にあったガラクタと思しき壺を、机の上にあった壺の近くに置いてみる。
「よく見ていると良い。すぐに変化は起きる」
私がそう言い終わらない間に、壺はまるで柔らかい粘土のような形状になったかと思うと、私が側に置いたガラクタの壺そっくりの形になった。
「え……壺が……変わった?」
「ああ。これは……『擬態品』だ」
私がそう言うと、佳乃はやはり要領を得ないといった感じの顔で私を見ている。
「……模造品とかじゃないの?」
「ああ。擬態品だ。知らないか? 昆虫や動物が風景に溶け込むことを擬態と言うだろう? アレと同じようなものだ。コイツは自分の近くにある物品に擬態するんだ」
「え……でもそれって、虫とか動物の話でしょ?」
「ああ。だから、正確にはこれは、無機物じゃない。生き物なんだ。だから……こうすると!」
そういって私は思いっきり壺を床に叩きつけた。
壺は粉々に割れる……かと思いきや、それこそ、粘土を地面に叩きつけたときのように一部分がへこんだだけだった。
そして、私が机の上に置くと、今一度それは元通りにすぐに直ったのである。
「え……なにこれ……すごいね」
「ああ。問題はコイツが偽物でも本物でもそのまんま擬態できてしまうことなんだ」
「つまり……偽物でもそのまんま真似しちゃうと」
私は小さく頷いた。
「まぁ、売った方は悪気はなかっただろうし、そもそも偽物か本物かの区別もついていなかったんだろうが……やってしまった」
「あはは……気にしない方がいいって。だって、こんなに似ていたら、区別なんてつかないよ」
そういって佳乃は何気なく壺を手に取る。
「えっと……アタシも同じようにしてみていい? こんな風に壺を思いっきり地面に叩きつけるなんてこと、できないだろうし」
「あ、ああ。まぁ、別にいいが」
佳乃は興味が出てきたのか、少し嬉しそうな顔で壺を地面に叩きつけた。
すると……ガシャン、とけたたましい音を立てて、壺は粉々になった。
「……あれ?」
「……君、それは本物の方だ」
私がそう言うと佳乃は青くなって私に頭を下げる。
「あ……ご、ごめん! 旦那! ど、どうしよう……?」
佳乃は済まなそうに謝るが、どうせ、ガラクタだ。割ってしまっても問題ない。
「あはは。気にするな。さぁ、掃除をしようか……ん?」
と、割れた壺の欠片の一つに、何やら、印が書いてある。
見るとそれは、壺の中、外からは絶対に見れないような部分に書かれていた印だった。
「『折鶴』……えぇ!?」
「わ……ど、どうしたの? 旦那?」
佳乃が驚いた顔で私を見る。私は思わず半笑いなりながら佳乃を見る。
「あー……今の壺、蚤の市で買ったから、ずっとガラクタだと思っていたんだが……本物だった」
「……は?」
「これ……『折鶴』という印が見えるだろう? これは……濃部折鶴の作品なんだ」
「え……それって……高価なの?」
「……普通折鶴の作品は、以前もウチにやってきたが色々と面倒なものが多いんだ。だが、これは折鶴が『折鶴が作ったとバレないようにわざと何の変哲もないように作った作品』なんだ。それらは幾つか存在するんだが判別が非常に難しくて……その分非常に高価な代物で……」
私は思わず机の上の偽物……ではなく「擬態品」を眺める。
「旦那……その……本当にごめん」
「……いや。そもそも気付いていなかった私が悪いんだ。それはつまり、私も……まだまだ修行不足ということだ。これは、戒めとして他の物品に擬態しないように、保管しておこう」
精神的にダメージを受けながらも、私は今一度、精巧な『擬態品』を悲しげに眺めるのだった。
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