第74話 悪夢の香り 其ノ陸

 そして、夜になった。


 家の中には私しかいない……佳乃がどうしているかは不安だが……今は集中しなければ負ける。


 奴に会うためには眠らなければいけない。


 しかし、睡眠中と言うのは酷く無防備な状況だ。それでも私は今考えていることを夢の中で実行しなければいけないのだ。


「……果たして、そんなことができるのか」


 正直、少し不安だったが……これでできなければ、私は今日までと同じように奴に苦しめられ続けるだけだ。


 それは即ち、私が狂ってしまうことを意味する。つまり、今日中に奴を倒すことが出来なければ全て終わってしまう。


「……そんなわけにはいかない」


 私はそう思って、目を閉じる。正直、完全に寝不足なのだ。どんなに警戒心を抱いていても、目を閉じてしまえば、眠ってしまうのである。


 そして、実際……私はそのまま眠ってしまった。


 夢の中。いつもと同じように店の前に立っている。既に店の中からは佳乃の甘ったるい声が聞こえてくる。


「ふふっ……入らないのですか?」


 と、今日は店の前に着物の女が立っていた。嬉しそうな顔で私を見ている。


「……ああ。もう、うんざりだ」


「では、受け入れるべきです。お兄さんにとってはこれが現実……奥様はお兄さんではない男性を選んだ。その事実を受け入れるのです。受け入れればこの地獄は終わりますよ?」


 女は憐れむように私にそう言う。しかし、私は首を横に振る。


「……いや。これは夢だ。断言できる」


 私がそう言うと、女は不満そうに私を見る。


「……そうですか。仕方ありませんね。では、受け入れられるまで、現実を見せるだけです」


 女がそう言う。おそらく、ここで抵抗できなければ、またしても同じ繰り返しだ。


 私は即座に先を続ける。


「私はお前の正体を知っているぞ」


 そう言うと女の表情が変わる。そして、鋭い目つきで私を見る。


「……正体、ですか? へぇ……面白いですね。では、私は一体何なのです?」


「妖怪、だな」


 そう言うと、女は少し眉間に皺を寄せる。案外わかりやすいやつだ。どうやら、妖怪であるのは確定らしい。


「……だとすれば何なのです? 確かに私は妖かしの類……だから何なのです?」


「妖かしの類は、正体を言い当てれば撃退できる。そういう経験もしたものでな。私はそれぐらい知っている」


「……なるほど。しかし、妖かしの類、というのではあまりにも不明瞭……もっと正確に言ってもらわないと、私は撃退できませんよ?」


 女は余裕綽々でそういう。おそらく、絶対に自分の正体はわからないと思っているのだろう。


 実際、私も正体がわからないから辟易していたのだ。


 だが、麻子の「自分と似たような存在」という言葉は全ての答えだ。


 私も女の表情にニヤリと微笑んで返して、女に次の質問をした。


「……お前は、動物を飼ったことがあるか?」

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