第62話 乙女鉄刀:写し『一刀千鬼』 其ノ肆
刀に触れた後……伊勢崎は鞘を地面に取り落とした。
そして、ゆらりと振り返ると、私のことを目だけで見つめる。既に目の焦点は合っていない。
どこを見ているかわからない目を細めて、伊勢崎はニヤリと微笑んだ。
「……弱ったな。これは」
伊勢崎は笑みを称えたままで、刀を右手で地面に引きずりながらゆっくりとこちらに向かってくる。
私は……動けなかった。刀から発せられる邪気のせいもあるが……かといって、私がここで動いた所ですぐに刀は私のことを殺しにかかるだろう。
それならば下手に動かない方がいい……最も、動かなかった所で結果は変わらないのだが。
そして、伊勢崎は私のすぐ前で立ち止まった。ニタニタしながら、私のことを見ている。
「すまん、佳乃……お前の言うとおりだった」
佳乃の言うとおり……忠告を聞いておくべきだった。私は目を開いたままで伊勢崎が刀を振り上げるのを見た。
これで終わり……そう思った時だった。
「ぐえっ」
鈍い悶えるような声が聞こえた。私は目を少し開く。
痛みは……ない。切り裂かれてはいないようである。
「古島様、大丈夫ですか?」
渋い声が聞こえて私は目を開く。見ると、そこには初老の紳士が立っていた。
「え……アナタは……」
見ると、先程の運転士だった。そして、彼の傍らには倒れた伊勢崎と、手から離れた刀が転がっている。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ……ないですが……」
「そうですか。では……申し訳ないのですが、その刀、処理をお願いできますか?」
「あ、ああ……」
言われるままに、私は刀に触れないように注意しながら、鞘の方から刀を入れることに成功した。
そして、私は恐る恐る鞘に入った刀に触れる……問題ない。邪気は消えていたので、やはり鞘に入れれば問題ないようだ。
「終わりましたか?」
紳士がそう聞いてきたので私は小さく頷く。
「そうですか……では、お車へ。お嬢様も運ばなければなりませんから」
そういって、紳士は伊勢崎を背中に背負った。
お嬢様と呼ばれる伊勢崎と、この紳士……その関係性は……
「刀は古島様に預かっていただけますか?」
「え、ええ。それはいいのですが……その……アナタは?」
私がそう言うと紳士は優しく微笑みながら私を見る。
「そのこともお話致します故……まずは、お車へ」
そういって紳士が歩き出したので、私もその後に続いて歩きだしたのだった。
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